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遠州産地 織りもの・染めもの紀行 〜高い技術と個性が息づく手仕事めぐり〜

静岡県西部に位置する遠州地方は、古くからものづくりが盛んな地域で知られています。浜松市を中心に現代では自動車やバイク、楽器、航空宇宙産業などで世界的に有名ですが、そのものづくりのルーツは織りものや染めものを中心とした繊維産業でした。
綿や麻などの天然繊維を中心に織られた「遠州織物」は、決まった織り方や生地があるわけではありません。今も工場それぞれに、また職人それぞれの技として、多種多様に遠州産地に息づいています。織りや染めはもちろんのこと、準備から後工程まで、生地が完成するまでには多くの工程があり、どの工程の職人も、世界に誇る高い技術とプライドを持って「手仕事」をされています。
Creemaでは、そんな遠州産地で生み出された風合い豊かな作品を堪能いただける遠州産地 織りもの・染めもの紀行を開催中です。
そして読みものでは、職人が独自に切り開いてきた技術やこだわりを熱量高くお伝えできればと思い、遠州産地・浜松市へ赴き、染めものと織りもの4つの工場へインタビューをしてきました。
ご縁があって浜松出身の私、佐野が行かせていただいたのですが、「遠州織物」という存在は知っていたものの、こんなにも多様で技術の高い産地である事を取材をするまで恥ずかしながら知りませんでした。この地に受け継がれ根付いた職人のものづくり精神と、丁寧な手仕事をみなさまにお届けできたらと思います。どうぞお楽しみください。
※取材には最小限の人数で、感染症対策をしたうえで臨んでおります。
職人の知識と経験が作り出す巧みな色づかい nihapiiさん

最初に取材へ伺ったのは、「注染そめ(ちゅうせんそめ)」が行われる、浜松市中心街からほど近い場所にある二橋染工場。昭和初期から三代続く浜松の伝統技法である浜松注染そめの他に、ローラー捺染や製品染めといった幅広い染色を手がけています。
注染そめは日本独自の染色方法で、特殊な糊で防染し、生地の上から「やかん」で染料を注ぎ入れ、模様部分を染め上げます。浜松で注染そめが始まったのは、明治時代のこと。当時はてぬぐいの染色技法でしたが、大正時代になるとゆかた染めが主流となり、浜松は東京、大阪に並ぶゆかたの三大産地となりました。一年を通じて晴れの日が多く、豊富な地下水と河川、遠州のからっ風など、染物に適した環境は、産業の発展を大きく支えてきました。
今回は100年以上続く浜松注染そめの魅力や、職人としてのこだわりについて、nihapiiさんに伺います。

ー浜松注染そめの特徴を教えていただけますか。
浜松注染そめの最大の特徴は、上手な色使いと、ぼかしが美しい事です。浜松は浴衣仕事で育ってきたんです。色鮮やかな浴衣を中心にやってきているので表現力が豊かですね。
あと色のあせ方もいいですよ。プリントみたいに表面だけ色がつくのではなく、色を染め抜くので布の表と裏が同じ色柄に染まるんです。洗って洗って洗いこむと、繊維に撚り(より)がかかって、糸がキュッキュと戻ってくるんですが、芯まで糸が染まっているから、どこまでも同じ色に染まっている。洗濯すると、自然な風合いで馴染んでいって、色が剥げるというよりゆっくりあせていくんです。
ぼかしも、プリントは点と点の集まりだけど、注染の場合は、染料と染料が混じります。濃い色の部分と薄い色の部分が混ざり合わさって、ぼかし感も味わい深くなりますね。

作業は生地を折り重ねながら糊を置く「板場(いたば)」の職人と、やかんを使い染料を注いで染め上げる「紺屋(こうや)」の職人がペアになって進めます。一人で全部やろうと思うと大変な手仕事だけど、工程を分業して、その道の職人が連携していいものを作っています。両方とも腕が良くないといいものができないんです。


注染そめが始まった100年前より受け継がれるから、洋服を染めるような新しい染料まで、各種染料を取り扱って今に至ります。だから、職人は、古いものから一番新しいものまで使いこなせるんです。綺麗めの色味を出す時、こくのある色を出したい時、染める対象物によって染料を使い分けます。そこらへんを使いこなせるのが、浜松注染の特徴。色使いのテクニックのレベルが高いんです。今浜松に残っている染工場のどこへ出しても、一定の高いクオリティで仕上げることができると思います。



ー制作において、こだわりのポイントや一押しの作品について教えていただけますか。
うちの自慢は、望んだ色を正確に、忠実に再現できる事。色の再現は職人の頭の中のレシピだけが頼りです。染める職人の頭の中に色のデータがかなり蓄積されているので、そこのレベルが、他の染工場よりも高いのが売りです。職人も17時に仕事が終わったら自主的に創作活動をしたり勉強熱心ですし、うちに出せない色はない!と思っています。
今回は浜松の織りものを使った浴衣が一押しですね。うちで染めた糸を、浜松の機屋さんが織っていて、その生地をまたうちが染めるという産地性を生かしたものです。地元の機屋さんと連携して、繊維産業を補完していきたいと考えています。

これからの目標についておたずねすると、
体験型工房をこれからもっと増やして、浜松注染や遠州織物の魅力を伝えたいですね、お客さんに近いとこを行きたいですし、現場の空気感、工場感をお楽しみいただきたいと思っています。
と教えてくれた二橋さん。
最後に染めと洗いが終わった生地を干す場所に案内いただきました。
柔らかい日差しが差し込み、遠州の空っ風に吹かれた生地が天高くだら干しされている姿は圧巻で、思わず「わあ。」声が出ました。自然の風でゆっくり乾くことによって柔らかく立体感のある生地が生まれます。

一枚一枚、職人の手仕事から生まれる染め。一つとして同じ染めがない、浜松注染そめならではの風合いをぜひご覧いただければと思います!

時代の変化を力に。さまざまな技法の染色 染め屋 結華さん

次に伺ったのは、浜松注染そめの他に、和装用として用いる幅の狭い生地「小幅」から、洋服地など、幅の広い生地「広幅」の捺染(なっせん)まで、さまざまな染色に対応している染め屋 結華(ゆうばな)さんです。今回は、注染そめの工場とは別に、捺染の技術を生かしたものづくりをされてる工場を訪ね、代表の武藤さん、工場長の永田さんに魅力を伺います。

捺染とは、布地に模様を印刷する染色方法で、手作業と機械を使う方法に大きく別れます。
染め屋 結華(ゆうばな)さんは手捺染と言って、職人が1枚ずつ丁寧に染めるものから、ロータリースクリーンプリントと言って一度に大量に染めるものまであり、オーダーによって使い分けています。
まず見せていただいたのが大量生産の商品に向いていて、一度に多く、早く染めることができるロータリースクリーンプリント。


続いてオートスクリーンプリント。小ロット生産の手捺染は、生地を固定し、版を扱う職人が手作業でおこないますが、オートスクリーンは、版の位置は固定されており、生地を動かしながら捺染を行います。



ー制作において、捺染の魅力や一押しの作品について教えていただけますか。
捺染はやはり色の絶妙なマジックによる表現が魅力ですね。カラーサンプルを使って、それぞれにどんな色を配色するか決めていきます。細かいですが、0.1とか0.2とか、指示書にぎっしり数字で書かれた染料の配合を設定しています。大体2種、3種配合で、数値を調整することによって明るくしたり、暗くしたり。一部コンピューターで数値化している部分もあるのですが、ここはやはり人の知識や経験がものを言う「勘ピューター」の方が早くて正確なところがありますね。

小幅から広幅まで、さまざまな染めの技に幅広く対応できるのがうちの強みではありますが、日本の織物の原点、「小幅」を中心にした商品を打ち出したいですね。小幅は洗いさらすほど柔らかくなり、風合いにも渋みが出て来ます。良質な生地をぜひ味わっていただきたいですね。
商品も、椿オイルを施した機能素材でマスク裏地用に適した綿100%の生地や、1メートルから小幅の無地染めオーダー、マスクキットなどがあります。マスクは、女性スタッフの提案で肌馴染みのいい色に染まっていたり、細かいところまでこだわりが詰まっています。

ー最後に遠州織りもの染めものの魅力を教えてください。
やっぱり、織りや染め以外にも、準備工程や整理加工といったどの工程にも技術の高い職人がいることじゃないかな。価格競争はどうしても海外には勝てないから、今残っている会社は、時代のニーズに合わせて技術をそれぞれ磨き上げてきたところなんです。難しいオーダーに対しても熱意を持って対応する、だから生き残っています。会社ごとに全然違う織りや染めをやっているので、それぞれの会社の個性が出せるところも面白いと思いますね。

日本の伝統的な小幅の風合いを大切にしつつ、2つの工場が持つ染めのバリエーション力を生かして、新しいことに意欲的にチャレンジしている武藤染工さん。確かな技術と柔軟な発想で、遠州産地をさらに盛り上げていく存在です。いろいろな素材や色、柄を組み合わせることで世界にひとつだけのオリジナル生地もつくることが可能です。ぜひギャラリーをご覧ください。

自分の理想を追求して生まれたオリジナル生地 TKD WORKS -髙田織布工場-さん

気持ちの良い晴れ空が広がる浜名湖からほど近い織物工場 TKD WORKS -髙田織布工場-さんが次のインタビュー先です。到着すると、三代続く歴史あるのこぎり屋根の工場がお出迎えしてくれました。
織機を見ることも初めての私は、工場に案内され中に入った瞬間、「ガッシャンガッシャン」と織機が一斉に動く音や振動に圧倒されました。

織機にはとても繊細な経糸と緯糸がはりめぐらされ、工場内は見渡す限り綿ぼこりが厚く積もっています。空気をたっぷりに含んだふわふわの綿埃に思わず「可愛い……」と思ってしまうほどです。それは長年にわたりこの仕事を続けてきた証でもありました。


髙田織布はレピア織機を使い、難易度の高い薄手の麻織物を多く手がけています。また代表・髙田さんの「好き」や「こだわり」がつまった厚手高密度なオリジナル生地も必見。ものづくりにかける想いや遠州織物の魅力を語っていただきました。
ーご自身が手がけるオリジナル生地の魅力を教えていただけますか。
分厚い高密度のキャンバス地をオリジナルで作っています。厚手の生地は、手間と時間がかかるし、織機に負担もかかるのであまりまわりは作らないですね。この生地を作るきっかけは、自分でバッグを作りたくなって。
生地から自分で作って、バッグをデザインして、縫製工場にお願いして形にしました。ワーク系の服が元々好きでね。自分の「好き」がものづくりの原動力になっています。



この生地は使い込むほど馴染んで柔らかくなっていくのが特徴ですね。使う人それぞれでさらにオリジナルの風合いに変わっていく。そういう変化も楽しんでいただけると思います。
仕上げ加工や染色などを行っていない、織られたままの生地を「キバタ」と言うんですが、素材そのもの良さを感じてもらいたいのです。ナチュラルな雰囲気を大切にしたいですね。
【新作】遠州織物 リネンバスタオル〈125cm×75cm〉リネン100%
あとは麻の生地です。麻の糸は少し引っ張っただけで糸切れが起こる難しい素材なので、こちらも時間をかけてゆっくり織っています。
リネン(麻)のバスタオルはキバタから、洗って変化を楽しんでいただきたいですね。オリジナルキャンバスと同じく、こちらも風合いが魅力です。吸水性と速乾性、抗菌作用など機能面でもリネンはおすすめです。

ー遠州織物の魅力を教えていただけますか。
さまざまな準備工程が分かれていて要所要所に腕のいい職人が関わっていてる。みんなでバトンを繋いで、生地ができて製品になる。いろんな職人の想いが詰まっているものづくりの産地なんじゃないかな。
浜松出身で東京の美大で織りものを学び、高田織布にUターン就職した長岐さんにも魅力を伺いました。

上京して、大学で織りものを学んで初めて自分の地元が繊維産業のまちだと知りました。それまでは全く知らなくて。手織りを大学のときに勉強していたので、自分で生地を作りたいという想いから就職しました。糸の準備をしたり、糸を通す工程だったり、機械にセットして緯糸を入れた瞬間に生地が出来上がっていくところとか、最後の確認だったり。それぞれの工程を経て、生地が出来がったという全部の工程に携われる喜びがあります。遠州産地でこれから職人として働いていけたらなと思います。
髙田さんのお話を聞いていて、柔らかい物腰で、なんだか作っている生地の雰囲気に似ているなとふと思いました。自分が身につけたいものを作るというシンプルで潔い髙田さんのものづくりの想いは、確かな技術と合わさって、らしさが詰まった生地ばかりです。ぜひ髙田さんのギャラリーで高品質な生地をご覧ください。

五感で楽しむふっくらと味わい深い生地 oriya(オリヤ)/古橋織布さん

最後のインタビューは、1928年創業、世界的にも希少な旧式のシャトル織機をつかい、綿を中心とした天然素材にこだわったものづくりをされている古橋織布のoriyaさんです。今回お話を伺ったのは、商品企画を担当する浜田さん。実は、遠州織物に魅せられて、東京から古橋織布へやってきました。

ー自社ブランド「oriya」が生まれたきっかけや魅力を教えていただけますか。
2015年から取り組み始めた自社ブランド「oriya」は、もっと遠州織物の魅力を一般消費者の方にも知っていただきたいという想いから生まれました。浜松に来て、浜松の友達ができて、自分の職業を説明するときに「機屋(はたや)に勤めているよ」と言っても地元なのに誰もわからないんですよね。「生地を織る仕事だよ」と説明すると、「鶴の恩返し?」と言われたこともあります(笑)。有名な織物の産地なのに、地元の人が知らないなんてすごくもったいないなって。そんな想いもあり、消費者に身近でアプローチのしやすい最終製品を作ることからスタートしました。


イチゴ、ブルーベリー、ミカン、メロン、ゴボウといった地元の名産の果物や野菜の色素を抽出して染めた糸で織っています。
生地ができあがるまでに、糊付け・整経・経通し・製織(当社)・仕上げ加工の工程がありますが、最終の縫製も含め、地元浜松市内の専門業者にお願いしています。今はバッグの縫製の需要も減っているようで、技術者の方も、技術が廃れないようにこういう仕事があると嬉しいと言ってくださいますね。織りものも知ってもらいつつ、織りものを取り巻く色んな技術がある産地なので、そうした背景もバッグを通して知っていただきたいですね。

古橋織布は、旧式のシャトル織機を使って、従来の織物より5~10%も糸密度を高くし、低速で織り上げています。最新の織機の10分の1ぐらいの遅さなのですが、その分空気を含んだ、ふっくらと味わい深い生地ができます。シャツ生地だけでも触っていただけると、しゃりしゃり、パリパリ、ふわふわ。その独特の風合いを楽しめます。無地の生地が多いので、風合い勝負なところを大事にしています。
柄って、可愛くしようと思えばいくらでも可愛くできると思うんですが、風合いを作り出すことはすごく難しくて、さらにそれを数値化するのも中々難しいですし、人間の五感に訴えるようなもの、特に触感に訴えられるような事は一番難しいような気がしています。それを突き詰めることは、底なし沼なんですが、そこが面白いのかな、答えのない世界に飛び込みましたね(笑)。


ー最後に遠州織物の魅力を教えてください。
機屋さんだけ見てもそれぞれ個性が本当に強くて面白いところですね。今残っているところは、個性を大事にしているところばかり。大量生産に走ったところはなくなっているので、その工場ならではの技術が魅力かなと思います。
今後は、若い世代の方にももっと遠州織物を知っていただきたいですし、職人の技術もしっかり継承していきたいです。働き方も多様化しているので、やりがいを求めて遠州に入ってきてくれた方と一緒にものづくりができればいいなと思います。
生地オタクという浜田さん。遠州織物を触った時、「わたし、この風合い知らない……」と衝撃を受けたそうです。私もシャツを触らせていただきましたが、「風合いの匠」という表現がまさにぴったりでした。丁寧な手仕事を感じるものばかりです。せひoriyaさんのギャラリーをご覧ください。

遠州産地が生み出す高い技術と手仕事、そして風合い
今回お話を伺った4名の方からも出てきた「風合い」という言葉。
使うほどにその風合いが増し、手放せなくなる遠州の織りもの染めものに私もすっかり魅了されました。
多種多彩な個性が遠州産地にそれぞれ根付いているのは、各工程に技術の高い職人の手仕事があり、それぞれが妥協せずものづくりをされているからだと感じました。
良質な生地や染めものが遠州にはたくさんあります。ぜひその確かな風合いを感じて、日々を豊かにしてみてはいかがでしょうか?
遠州産地 織りもの・染めもの紀行
※本記事は、遠州産地振興協議会様より委託を受け、株式会社クリーマが制作させていただいております。