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【今、私が会いたい人】偶然を重ねて生まれる物語|木版画作家・服部奈々子さん

【今、私が会いたい人】偶然を重ねて生まれる物語|木版画作家・服部奈々子さん

こんにちは。クリーマでデジタルマーケティングなどの広告運用を担当している藤原です。
今回の「今、私が会いたい人」では、社会人1年目からどっぷりとIT・デジタル業界に身を置いてきた私が、現実に立ち戻るような感覚で、木版画の世界を突き詰めていらっしゃる服部 奈々子さんにお話を伺いました。

最初に心を奪われたのは、服部さん独自のユニークな世界観でした。けれど、さまざまな作品を見ているうちに、どれもひと目見ただけでその先に広がる物語を自然と想像している自分に気づきました。
このように想像力を掻き立てる作品が、どのように生まれているのかをぜひ直接伺いたく、アトリエへ足を運びました。

▲ 木版画作家・服部奈々子さん

「本当にやりたいこと」を見つめて出会った、木版画の道

—— 木版画との出会いはどのようなものだったのでしょうか?

「もともと、自らの作品を作りたいという思いがずっとあり、武蔵野美術大学で空間演出デザインを専攻しながら、課外活動で版画制作の基礎を学びました。とはいえ、そこで取り組んでいたのはリトグラフ(石版画)で、木版画に関しては完全に独学です。

大学卒業後は一般企業に就職し、作品づくりからはしばらく離れた日々を過ごしていました。
ところが、30代半ばで体調を崩し、結果的にはそうではなかったのですが、『深刻な病気かもしれない』と言われたことに強いショックを受けました。『好きでもない仕事で体を壊すなんて、なんて馬鹿馬鹿しいんだ』と思ったんです。

それをきっかけに、自分が本当にやりたいことを改めて見つめ直したとき、自身の表現が叶う方法として、木版画に辿り着きました」

▲ アトリエには、これまでに手がけてきた作品の版木がずらっと並んでいました。

—— どの作品からも物語が伝わってくるように感じますが、そういったことは意識されているのでしょうか?

▲ 木版画「ハナミシカの星」

「私の作品の多くは現実には存在しない風景が描かれています。だからこそ、ストーリーを想像しやすいのだと思います。

ある絵本のお店で開いた個展をきっかけに、“版画とちいさなおはなし” というテーマでの制作を始めました。
たとえばこちらの作品には、こんな物語を込めています。
『紙飛行機に手紙を書いて飛ばすと、たとえ住所が分からなくても、想像した相手にちゃんと届く。男の子は、”あったかいセーターをありがとう” という気持ちを手紙にして、それをセーターの原材料になった羊さんに届ける』——そんな物語を、1枚の絵に込めました」

▲ 版画とちいさなおはなし「風のたより」

—— タイトルも印象的ですよね?

「作品にタイトルをつけるときは、心にグッとくるようなネーミングを意識しています。
作品に描かれていることをそのままタイトルにしてもおもしろくないし、見る人が自分なりに空想したり、イメージを膨らませたりできるようなものにしたいと思っているんです。

あとは、高校時代にSFものが大好きで。当時読んでいたSF小説って、詩的でかっこいいタイトルが多かったんですよね。その影響もあると思います(笑)」

▲ 版画とちいさなおはなし「われらの王が目覚めるとき」

木版画の制作工程

今回は特別に制作の様子も少しだけ見学させていただきました。

・下絵

▲ 下絵となるイラストはすべて服部さんのオリジナル。

・転写

▲ トレーシングペーパーを使い、下絵を鉛筆で書き写します。次に、鉛筆で描いた線をなぞるようにボールペンで版木に写していきます。

服部さんの木版画の制作で重要なのが、完成形の絵を頭の中で4つに分解し、それぞれ版木に落とし込むこと。基本的には「1版1色」で、下絵を見ながら、版を重ねて完成するイメージを頭の中で組み立てているそうです。ときには複雑な図案になることもあり、そんなときにはパソコンの力も借りるのだとか。

実は、下絵を描く段階からすでに「4版に収まるように」構成を考えているとのこと。
「独学なので、本来はもうちょっとスマートなやり方がありそうな気もするんですけど、いろいろ試してこの方法に着地しました」と服部さん。

▲ 写真左の手前の木版4分割を重ねると、写真右の絵になります。私には版木を見ただけでは想像もつかず、本当に驚きました。

・版木を彫る

まずは三角刀で輪郭を、次に丸刀で広い面積の部分を掘り、平刀で段差をなくしていきます。段差があると版画を摺る際、紙に跡がついてしまうそうです。

▲ 版木を掘る作業は体力も使い、最も大変なんだとか。

・摺る

本来は「試し摺り」を経てから「本摺り」となるそうですが、今回は全工程を試し摺りで、流れを見せていただきました。

下準備として、あらかじめ湿らせたボール紙に和紙を半日ほど挟んでおくそうです。そうすると、和紙にほどよい湿り気が伝わり、ちょうどいい具合の湿り気になり、色がのりやすくなるのだとか。

<1版目>

<1版目>
▲ 1版では、木版の左上・桜が描かれた部分のみにピンクの絵の具をつけます。
▲ すべりをよくする「当て紙」をのせて、バレンで摺ります。
▲ 紙は乾くと縮んでしまうため、本摺りの際には色を一色摺るごとに、和紙を湿らせたボール紙に挟む工程を入れるそうです。

<2版目>

<2版目>
▲ 2版目は右上のオレンジ色の部分を重ねていきます。
▲ 2色のせた状態がこちら。
▲ 版を重ねる際は位置がずれないよう、慎重に見当(けんとう)※ に合わせて版木にのせます。
※ 見当: 多色刷りの版画で、版木と紙を正確な位置で重ねるために設けられる目印のこと。

版木に絵の具を塗って、和紙をのせてバレンで摺り、ボール紙に挟んで和紙を湿らせる。この工程を繰り返し、1色ずつ色を重ねていきます。

▲ 工程を繰り返してようやく完成です!

物語を鮮やかに描き出す、道具と材料へのこだわり

—— 木版画を制作するうえで、最もこだわっている点はどこでしょうか?

「いちばんのこだわりは、道具の “バレン” です。
木版画作家として活動を始めたばかりの頃、いろいろな作品展に出品するなかで、ある著名な版画作家の方に自分の作品を見ていただく機会がありました。

その際のアドバイスがとても印象的で——『木版画は、道具と材料でクオリティの7割が決まる。だから、必ず良いものを使うこと。バレンは、目安として最低でも1万円くらいのものを』と教えていただいたんです。

当時は安価なバレンを使っていたのですが、後日その言葉に従ってバレンを買い替え、紙も職人による手漉きの和紙を購入してみました。すると、『今まで使っていたものは一体なんだったんだ…!』と思うほど、摺り心地が滑らかで絵の具ののりが良くなり、ベタ面※ が均一で綺麗になるので、仕上がりが格段に良くなったんです。
この経験がきっかけで、道具や材料にこだわりながら作品を作る楽しさに目覚めました」

※ ベタ面: 隙間なく塗りつぶした面のこと

▲ 現在、愛用しているバレン。

バレンを包んでいる竹皮は消耗品で、何度も摺ることで摩耗し穴が開いてくるそうです。そうなると包み替えのタイミング。服部さんはバレン職人の講習会に参加して技術を学び、自分の手で包み替えを行っているとのこと。

▲ バレンに使われている竹皮の包み替えはかなり難しい作業で、2時間ぐらいはかかるそう。

偶然が重なって完成する。それが木版画の醍醐味

—— 木版画の魅力とは、どんなところにありますか?

「筆やパソコンで絵を描く場合、ある程度は自分の思い通りに表現できると思うんです。でも、版画はそうはいきません。色を重ねる工程があるので、見当で位置を合わせてもミリ単位でズレが生じたり、色ののり具合が違ったり、かすれたり…。どうしても、自分ではコントロールできないことが起こります。

だからこそ、実際に摺って紙をめくる瞬間はいつもどきどきしますし、毎回微妙に異なる仕上がりに、新鮮な発見があるんです。
自分でも想定できない “偶然” が重なっていくことこそが、木版画のいちばんの魅力だと思います」

—— 今後、挑戦してみたいことはありますか?

「以前にも制作したことはありますが、版画の “立体化” をもっと追求したいと考えています。
こちらの作品のように、摺った和紙を切り抜いて、立体的に組み合わせることで、ひとつの作品として仕上げています」

▲ 立体版画「星を見る」

「偶然性という版画ならではの魅力を活かしながら、固定概念にとらわれず、もっと自由に表現を楽しんでいきたいです」

インタビューを終えて

近年、デジタル技術は目覚ましい発展を遂げ、生成AIをはじめとするツールによって、人が手を動かさずとも絵が描ける時代になりました。そんななか、自分でコントロールしきれない領域が存在する、「版画」という表現を愛し続ける服部さんの姿勢が、強く印象に残りました。

朝起きてすぐスマホに手を伸ばし、日中はずっとパソコンと向き合っている自分が、服部さんの心あたたまる作品に思わず目を奪われたのは—— もしかすると、時代のスピードや加速度的に進化する技術に、どこか違和感を覚えているからなのかもしれません。

「思い通りにならないことを、おもしろがる」

そんなお話を伺うなかで、服部さんの作品には、ほかの誰でもない「服部さん自身の物語」が、版画という手法と偶然とが重なりながら、深い魅力となって表れているのだと感じました。

ぜひ、服部さんのこだわりが詰まった作品たちに会いに、ギャラリーを訪れてみてください。

▲ 写真左:服部奈々子さん、右:クリーマ 藤原

<文=Creemaスタッフ>

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これまでの、作り手インタビュー【今、私が会いたい人】はこちら

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