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【産地のはなし】山中漆器/石川|原木から、食卓まで。森の工房を訪ねて
旅先で、ふと目に留まる手しごとがあります。
器だったり、布だったり、木の道具だったり——
そこには、その土地の風や時間、そして人の手の温度が、幾重にも積み重なっているように感じます。
作り手を訪ねて、ものが生まれる場所を旅する連載「産地のはなし」。
第1回の舞台は、石川県加賀市。
温泉地として知られる山中温泉のある町に、長く受け継がれてきた山中漆器のものづくりがあります。
今回訪ねたのは、木地づくりを担う白鷺木工さん。「木地」とは、漆塗りの土台となる木の素地のことです。
白鷺木工さんは雪深い山あいの町で、原木の仕入れからその加工までを一手に担っています。
山中漆器の土台となる木地は、どのようにして生まれているのでしょうか?
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森の中の、静かな工房
石川県加賀市の山中温泉街から、さらに山へと分け入った場所。森に囲まれた山あいに、その工房はあります。
賑やかな温泉街とは対照的に、ここで耳に入るのは、木々の音や鳥の声、川のせせらぎ。ときには熊や猪の足跡を見つけることもあるのだとか。
冬になると雪が深く積もり、今年は50cmほどにもなったそう。雪が降ると音が吸い込まれ、あたりはしんと静まり返ります。
木は、もともと生きていた素材。
乾燥した日は刃物が軽く入り、湿度が高い日は木がわずかに粘りを帯びる——
そんな空気の違いを手で感じながら、今日も木と向き合います。
“木地のこと” は、すべて自分たちで
山中漆器は、数ある漆器のなかでも特に木を削る技術に優れ、「木地の山中」と呼ばれています。白鷺木工さんの「木地」 へのこだわりも、並々ならぬものがあります。
原木の仕入れ、型取り、荒挽き、仕上げ挽き。
伝統的に分業して行われてきたこれらの工程を、白鷺木工さんはすべて自分たちの手で行っています。それは「木の変化を最初から最後まで見届けたい」という思いから。
なかでも「譲れない」のは、原木の仕入れ。漆器の品質の半分は、ここで決まるといいます。
器の美しさや口当たりまでを思い描きながら、木肌の色合いや年輪の詰まり方、乾燥具合までを注意深く見極める。自分たちで仕入れるからこそ、挽きながら「この木はもう少し薄く削れる」「ここは少し厚みを残そう」と、木の個性に合わせた調整ができるのです。
そして、もうひとつ神経を使うのは、仕上げ挽きの工程です。
ろくろの上で形を整え、最終の刃を入れる瞬間。わずかな刃の入り方で、線の緊張感や全体の印象が変わります。
薄さを追いながらも強度を保つ。そのバランスは、自ら打ち、手に合わせて仕立てた鉋(かんな)と、長年の経験があってこそ掴めるものです。
受け継がれてきた形と、新しい挑戦
「器は、使われてこそ完成するもの」—— そう白鷺木工さんは、話します。
白鷺木工さんが大切にしているのは、「何百年と受け継がれてきた使いやすい形」と、「今の暮らしに馴染む表情」です。
伝統的な器の形は、長い時間をかけて磨かれてきました。
手に持ちやすいこと。口当たりがよいこと。
使うなかで自然と手に馴染んでいくこと。
そんな形の美しさを大切に、奇をてらったデザインはしないといいます。
一方で、自分たちの代で挑戦していることもあります。
金箔で縁を彩ったり、蒔絵でドット柄を施したり。伝統の技術を使いながら、今の暮らしに寄り添う表情に。若い世代にも、長く使われてきた器の良さを届けたいと考えています。
ある日、自分たちが作ったカップがお子さん用のお味噌汁椀として使われている写真を見つけたそうです。
想定していなかった使い方でしたが、それはとても自然であたたかい光景でした。
自由に、長く寄り添えること。それが白鷺木工さんの、いちばんのよろこびです。
手の中の器に、遠くの山を思う
山中では今、職人の高齢化や担い手不足という課題もあります。
白鷺木工さんでは、若い職人を積極的に受け入れ、使いやすいレンタルアトリエを整備するなど、次の世代が「ここで仕事を続けたい」と思える環境づくりに取り組んでいます。
伝統を守るのではなく、続けていくために。
雪深い山の静けさのなかで、自ら打った鉋で削り出し、木の鼓動を感じながら仕上げられた器たち。
その器を手に取るとき、山あいの工房と、木と向き合う職人の姿が、少しだけ近くなるかもしれません。
手の中の器が、どんな景色を経てここへやってきたのか。そんなことを思いながら使う時間も、この器の楽しみ方のひとつです。
産地のメモ|山中漆器
石川県加賀市の山中温泉周辺で発展してきた漆器産地。
特にろくろで木を挽く「木地づくり」の技術で知られています。
<文=庄司彩>