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アランセーターの歴史と意味に迫る。ニットに込められた作り手の願い
こんにちは。クリーマの柏村です。
秋冬のおしゃれとして楽しむ、ニットのセーターや小物たち。
素材や色、シルエットにこだわる様に、ニットであれば「編み模様」にこだわる方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、編み模様の中でも伝統的な意味を持つとされる「アラン模様」について、その歴史と意味を紐解いていきます。
アラン模様発祥の地、アイルランドのアラン諸島
アラン諸島は、アイルランド本土西側に位置する、3つの島からなる地域です。最も大きなイニシュモア島でも、東西約12km、南北約4kmの小さな島で、主な産業は漁業、農業、観光業。
大西洋に囲まれた島には日常的に強風が吹いており、岩盤から出来た土地は決して農業に適した土地ではありませんでした。強風が作り出す荒波は、漁業を営む漁師たちにとっても、優しい環境とは言えなかったでしょう。
漁師たちを守る、アランセーターの伝説
そのような環境下で船を出す自分の息子や夫を寒さや濡れから守るために、1000年も前から島の女性たちが編み始めたセーターが、アランセーターの発祥と言われています。
羊の毛本来の乳白色を活かしたセーターは、含まれる油脂分が海水から彼らを守り、太い毛糸で編まれた事で分厚く風を通さないため、保温機能にも優れていました。
そして、ケーブル(網)、ハニカム(蜂の巣)、ツリーオブライフ(生命の木)など様々な意味を込められて作られた模様達は、それぞれの家庭によって少しずつ異なる事で家紋のような役割をしており、漁師たちが不幸にも遭難してしまった際に、そのセーターの模様によって誰であるかを判断していた、と言う悲しき伝説があると言います。
アラン模様の種類とそれを使用した作品
それでは、実際にアラン模様が象徴するものや意味を、作品を例にして、作家さんのコメントと共に紹介させていただきます。
<ケーブル(縄)>
漁師たちが使う、縄や命綱を表します。その象徴から大漁や安全を示すと言われており、また交差する縄の模様は、結婚や子孫の繁栄を意味するとも。
アランマフラー:アイボリー・オーバル柄
クリエイター:pearさんのコメント
「アラン模様の中でも、丸みをおびたような女性らしく優しい雰囲気の柄を選んだり、アレンジしたり組み合わせて編みたいと思っています。
このマフラーの中でも特に中央の模様は、アラン模様のダイヤモンドという柄に似ていますが、ひし形ではなく丸みのあるチェーン型にアレンジして編んでいます。 」
ケーブルとレースのニット帽 / Herkkä[ヘルッカ]/ セージグリーン
クリエイター:Juhla[ユフラ]さんのコメント
「ひとつひとつの模様は古くからあるものであっても、組み合わせの妙でオリジナリティや目新しさを感じさせる。
古くて新しい、懐かしさと驚きとがミックスしているところが、使い手としても作り手として魅力的なところだと思います。」
<ダイヤモンド>
漁に使う網の目を表した編み模様。富と成功、そしてその形通り宝物を示します。
ぜいたくアラン模様のニット帽 コン
クリエイター:miluさんのコメント
「子供の時から母の影響で編み物に親しみ、現在の作品でも、その頃から好んで使用している、温かみのある模様を組み合わせています。大小の模様を交互に組み合わせているので、お好みの模様を前に持ってきたり、かぶってくださる方の気分で、様々な表情を楽しんでいただけたら嬉しいです。」
<ツリー・オブ・ライフ(生命の木)>
広がる生命や、人生の時間を意味するツリー・オブ・ライフ。長寿や家族の繁栄を願っていたと言われています。
柔かなスーピマコットンのニット帽・エッグシェル
クリエイター:Lankaさんのコメント
「幸運をもたらすとされるツリーオブライフと、幸せをつなぐというケーブル模様を使ったニット帽です。 編み進めるごとに浮き出てくるアラン模様は、編地に立体感と表情を与えてくれます。」
<ハニカム(蜂の巣)>
ハニカムは、そのまま蜂の巣を意味するとも、漁網を広げた姿を意味するとも言われています。前者は蜂が象徴する子孫繁栄や仕事への報酬、後者はダイヤモンドと同様に富と報酬を意味します。
アラン模様のネックウォーマー
クリエイター:soh-naさんのコメント
「ストーリー性のある、古くから人々に愛され続けた模様に魅力を感じ、アイルランドの大自然に思いを馳せながらネックウォーマーを編んでみました。
素材も、ウール100%(うちイングランド産50%)の上質な毛糸を使用し、毛糸本来のしっかりした感触で、手に取って頂いた時から質感の違いが分かると思います。アラン模様は、たっぷり空気を含んで、毛糸の温かさプラス空気の温かささで、とてもほっこりされると思います。」
アラン模様のラグラン袖ロングカーディガン
自然をモチーフとした模様の多さの意味
その他にも、アラン模様の中には、アイリッシュ・モス(海や土地への感謝、アイルランドに自生する海藻を広げた姿を模している)、ロブスター・クロウ(豊漁を意味するロブスターの爪)、トレリス(荒波を防ぐ島に築かれた石垣、命を守る砦を意味する)、アイルランドの人々にとって身近な存在であるブラックベリー(豊穣や、実りの多い人生を意味する)のように、自然のモチーフがとても多く存在しています。
これらの模様を考えたアラン諸島に暮らす人々が、自然を如何に大切に身近に感じていたか、そしてそれと同時に、自然に対して畏怖や畏敬の念を持っていたことが感じられます。
そんな気持ちを持っているからこそ、自然に感謝や願いを捧げ、その気持ちを思って編んだセーターを大切な人達に着せていたのかもしれません。
冒頭で説明したような、アラン諸島の厳しい環境を振り返れば、自然をそのように感じる事も納得出来るような気がします。
アラン模様の伝説の真実
ここまでアラン諸島の環境から、アランセーター・アラン模様の歴史、特長をご紹介してきましたが、調べていくにあたって、意外な内容を耳にしました。
それは、アラン模様が家紋のような役割を果たしていた事実はなく、また歴史自体もせいぜい100年程度のものである、と言う証言です。
それらの証言によれば、まず、アラン模様にある特徴的な模様の組み合わせは、1906年にボストンに渡ったアラン島の女性マーガレット・ディレインとマギー・オトゥールが、その地で移民として暮らしていた女性にケーブル編み等の模様を教わり、それを帰国した彼女たちが島に広め、そこから様々な技法と混ざりあい生まれた、と言うのです。
別の話では、ノラ・ギルと言う女性が1800年代後半に交流のあったクレア州(アイルランド本土の州)の女性から、ケーブルやダイヤモンドのような基本的な模様を教わった、と言う説もあるそうです。
そのどちらも、アラン模様が1000年以上の歴史があり、そして家紋のように代々受け継がれてきた、という伝説とは異なっています。
また、「1000年以上の歴史」と言う伝説が広まった背景には、ユダヤ人実業家のハインツ・エドガー・キーヴァが大きく関わっているのではないか、とも言われています。
彼は、1936年にダブリンの手芸店で手に入れたアランセーターを元に、オックスフォードに設立した会社でセーターの複製を行い、その普及に務めた人物です。
そしてその普及の際、5~6世紀ごろにイニシュモア島に修道院が立てられており、そこで暮らす修道士たちの服に施されたケルト模様にアラン模様と類似点があった事などから、アラン模様、またアランセーターには1000年以上の歴史がある、と言う説を彼が披露していた事が分かっています。
そして、事実、アラン模様の普及は彼の会社から始まった、とする見方が強く、その普及と共に、彼の披露する説が伝説の一端として広まったのではないか、と言われています。
伝説の裏側を知って
上記の内容を証言する人々がいる事や、アランセーターの販売に関する事、修道院の建設などは、もちろん事実でしょう。ですが、実際の所、アラン模様の発祥に関する部分はあくまで推測でしかなく、現在、すべての事実を知る事はできません。
そして、たとえアラン模様の歴史が100年程であったとして、その裏側に悲しい伝説がなかったとしても、これまで多くの人々がアラン模様を元にしたセーターを編み、そこに自分たちの生活と密着した自然を描き、様々な想いを込めてきた事や、島の大きな産業として多くの人々の生活を支えてきたその事実、複雑な模様を組み合わせたアランセーターの美しさと魅力は、変わる事がありません。
アラン模様の事を知っていくにつれて、そして、Creemaで販売されているニット作家さんからその作品に込められた想いを実際に伺った事で、私の中のその気持ちは強固なものとなりました。
意味や込められた想いを知る事で、今まで当たり前に見ていた作品ひとつひとつが、また違ったように見えるのではないでしょうか。
Creemaでは、アラン模様を使ったひとつひとつ手作りの作品が、たくさん出品中です。
ぜひ、模様や歴史、作家さんの想いに目を向けながら、お気に入りの作品を探してみてください。
参考文献
伊藤ユキ子「紀行・アラン島のセーター」晶文社、1993年
長谷川喜美著 阿部雄介写真「ハリスツイードとアランセーター」万来舎、2013年