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Creemaのweb小説「虹にすわる」 バーベキュー 3-2[毎週水曜18時更新]

ー 登場人物紹介 ー

徳井:職人である祖父を見ながら育った影響でものづくりを志し、東京の工業大学に進学。卒業後、住宅メーカーで営業職として勤務。一年前に帰郷し修理屋の仕事を継いでいる。

 

魚住:徳井の大学の後輩。東京出身。学生時代から徳井の木工の才能にほれこみ、無邪気に慕う。卒業後は家具工房に弟子入りしていた経験あり。徳井のもとへ転がりこむ。

 

じいちゃん(徳井の祖父):元仏壇職人。引退後は町の修理屋/便利屋として働き、ご近所からも「徳さん」と慕われている。一年前に腰を痛めて休養中。

 

ー あらすじ ー

東京でメーカーの営業職として働いていた徳井は、育ての親である祖父の体調を心配し、退職し故郷に戻る決心をした。かつては仏壇職人として、今は町の修理屋として、人々に慕われている祖父の仕事を手伝いながら、生まれ育った土地での穏やかな日々を過ごす徳井。
そんな折、大学時代の後輩、魚住が現れ、一緒に椅子工房をやろうと言う。徳井の木工の才能に惚れ込んでいる魚住にとって、それは十年ぶり二度目の誘いだった。
現実味のない申し出にとまどう徳井だが――

 

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吉野氏がいよいよ本格的に怒り出すだろうと徳井は観念したが、意外にも、彼はぽかんとして聞いていた。


「そうだ、奥さんの写真を見せてもらえませんか? 体つきや雰囲気がわかるような」


魚住に言われるまま、おとなしく立ちあがる。魚住の勢いに毒気を抜かれたのかもしれない。ソファと反対側の壁沿いに据えられている本棚に歩み寄り、たくさん並んだ写真立てのうち、いくつかを手にとって戻ってきた。


「これが一番最近のものだと思います」

ローテーブルに置かれた写真立てを、徳井と魚住は左右からのぞきこんだ。ヨーロッパだろうか。鋭い尖塔を備えた、ゴシック様式の教会らしき建物の前に、中年女性が三人並んでいる。


「真ん中が家内です」

「うわ、美人ですね」

魚住が声を上げた。


徳井も同感だった。いかにも温和そうな、おしとやかで品のいい奥様という風情である。夫を放って家出するようには見えない。


「いえ、そんな」

口では否定しながらも、吉野氏ははにかんだような笑みを浮かべた。彼の笑顔を、徳井ははじめて見た。


残りの写真も、順に確認していく。背景からして、どれも外国で撮られているようだ。1枚目と同じく、女性どうし2〜3人で写っているものもあれば、吉野夫人ひとりのものもある。


「いろんなところに行かれてるんですね」

「家内は海外旅行が趣味でして。わたしはどうも飛行機が苦手で、めったにつきあわないんですが」

「これだと背丈がよくわかんないな」

魚住も写真を見つめている。


「そうだ、ご夫婦ふたりの写真ってありませんか?」

吉野氏が腰を上げ、再び本棚の前に立った。しばし全体を見回してから、上のほうの段に手を伸ばす。


「すみません、最近のがなくて」

広々とした庭のような場所で、夫婦が並んで立っている写真だった。


「娘の結婚式です。もう10年近く前ですね」

吉野氏は今よりもひと回りやせていて、髪がふさふさとしている。一方、妻の姿は、さっき見せてもらった旅先の写真とそんなに変わらない。


「あんまり変わりませんね、奥さんは」

奥さんは、のひとことはよけいなんじゃないかと徳井は少しあせったけれど、吉野氏は気を悪くしたふうでもなかった。


「家内は太らないたちで。そう言われてみると、結婚したときからほとんど体型も変わってないですね」

感慨深げに言う。


「ちなみに、おいくつですか?」

「今年、60になりました」

「え、うちの親より上ってこと?」

見えねえな、と魚住はひとりごち、重ねて聞いた。


「趣味は海外旅行なんですね? 他には?」

さっき言っていたとおり、座り手について徹底的に情報収集をするつもりらしい。


「美術館に行くのも好きです。一時期、絵画教室に通っていたこともありました」

「性格は、どんな感じですか?」

「穏やかでひかえめです。感情的になることもめったになかった。まさか、突然家を出ていくなんて……」

吉野氏は途中で言葉を切り、がっくりとうなだれた。


「わたしは家内のことを、あまりわかっていなかったのかもしれない。30年以上も一緒にいたのに」

とりなすつもりで、徳井は話題を変えた。


「家具だと、どんな雰囲気のものがお好きでしょう?」

「さあ」

「こういうのいいな、って奥さんが話してたことってないですか? テレビとか雑誌とか、あと友達の家とか見て」

「そうですねえ」

吉野氏はしばし考えこんでから、そういえば、と声を上げた。


「前に、テレビでやってた映画で」

「なんていう映画ですか?」

「タイトルはわからないけど、日本の映画でした。日本人女性が2〜3人、北欧だったか、外国に移住して食堂を開くっていう」

その食堂の内装を、すてきだと妻は絶賛していたという。


「あ、わかったかも」

魚住が身を乗り出した。


「おれもタイトルはわかんないけど、観たことあります。椅子は、白木のシンプルなやつでしたよね? あれ、デザイナーは誰だったっけな」

さすが魚住、映画のタイトルは思い出せなくても、登場した椅子は覚えているらしい。


「わたしはそこまで詳しく見てなかったんですが」

吉野氏が自分の座っている椅子のひじかけを両手でぽんぽんとたたいた。


「これとは全然違いました」

ため息をつき、誰にともなくつぶやく。


「家内は、戻ってくるでしょうか?」

「大丈夫ですよ。任せて下さい。奥さんの気持ちが動くような椅子を、作りますから」

魚住が調子よく宣言した。

 

 

家に戻ったのは、ちょうど三時頃だった。

帰り道に寄ったコンビニで、魚住にせがまれて買ったアイスクリームを、じいちゃんもまじえて3人で食べた。縁側に出ると、せみの声が聞こえてくる。


「やっぱ夏はアイスだね」

徳井の右側に座った魚住も、左のじいちゃんも、あっというまにカップを空にしてしまった。甘党のふたりに挟まれて、徳井だけがちびちびと食べている。

 

「吉野さんの椅子、どんなのがいいかな?」

「え、魚住、なんか思いついたんじゃないの?」

任せろと自信ありげに太鼓判を押していたから、どういう椅子を作るのか、方針くらいは立ったのかと思っていた。


「いや全然」

「大丈夫か? あんな安請けあいして」

「だって、かわいそうだったんだもん。あんなにしょげちゃって」

「何十年もそばにいた連れあいが急にいなくなったら、こたえるだろう」

じいちゃんがしんみりと言った。腰を上げ、徳井の左隣から魚住の右隣へと移動して、たばこに火をつける。そっちが風下なのだ。


「そういうもん?」

じいちゃんからたばこを1本もらった魚住が、首をかしげた。


徳井にも、ぴんとこない。結婚しない限りは、ぴんとこないのかもしれない。じいちゃんのように死んで会えなくなるのと、吉野氏のように生きているのに会えないのと、どっちがつらいものだろうか。


「うちの親なんか、めちゃくちゃ冷えきってるけどね」

「夫婦のことは、他人にはわからんよ。たとえ息子でも」

「わかりたくもない」

魚住が勢いよく首を振り、たばこをくわえた。


魚住は学生時代から、両親と折りあいがよくなかった。大手の銀行に勤める父親は、息子が造形学科に進むのに猛反対していたそうだ。母親もその言いなりで、家具工房に弟子入りした後は、実家とはほぼ絶縁状態になっているらしい。


「だけどさ、あの椅子はないよね。他の家具とも合ってなかったし」

眉をひそめ、深々と煙を吐き出す。

「あれ、どこの国のだろう? 確かに高そうだけど、主張しすぎ。それに、日本人にはちょっとごついよな。特に奥さんには」

「ご主人も悪気はなさそうだったけどね」

「奥さん、毎日あの椅子に座るたびに、ちょっといやな気持ちになってたのかも。おれならなるね。それが積もり積もって、爆発したんだよ」

 

空になったカップの底にたまっている、溶けたアイスクリームに、喫い終えたたばこを押しつける。

「だとしたら、新しい椅子をプレゼントするって名案だよな」

 

吉野氏ははじめ、身につけるものを贈ろうと考えていたらしい。服かアクセサリー、靴やかばんでもいい。ところが、いざ選ぼうとして、愕然とした。妻の好みがどんなものだか、さっぱり見当がつかなかったのだ。

 

しかたなく娘に助けを求めようとしたら、わたしが選んでも意味がないでしょう、とつっぱねられたそうだ。正論である。妻のことをわかっていなかったと吉野氏が自嘲ぎみに嘆いていたのは、そのへんもふまえてのことだったのだろう。

 

「椅子なら、ふたりで一緒に使えるしな」

じいちゃんもうなずいた。

 

「そうそう。あの夫婦にとっては、食事の時間ってけっこう大事だと思うんだよね、おれは。共通の趣味もないって言ってたし、ふたりで過ごすのはめし食うときくらいでしょ。だから、食卓の椅子も重要だよ」

魚住にしては、鋭いことを言っている。椅子が少しでもからんでくると、いつになく頭が冴えるようだ。

 

「どうせなら、今の椅子とはがらっと印象変えて、曲線的で華奢なのがいいよな。ひじかけも、いっそないほうがすっきりするかも」

魚住がすっくと立ちあがった。縁石に並べてあったじいちゃんのつっかけをはき、庭に出る。

 

「ちょっと待ってて。描くものとってくる」

言い残し、作業場のほうへ走っていく。

「よかったな。仕事が入って」

じいちゃんが2本目のたばこに火をつけた。

 

「これも、ふたりで作るのか?」

「たぶん」

 

魚住は完全にそのつもりのようだし、たとえ徳井が断っても、一生のお願いだとまたもや懇願してくるだろう。徳井としても、にっちもさっちもいかなくなったあげくに助けを乞われるよりは、最初から手分けして進めるほうがやりやすい。

 

「じゃあ、修理の仕事のほうは」

どうするんだ、と聞かれるのだろうと思った。でも、違った。

「おれもできるだけ手伝うから。心配するな」

徳井が答えるよりも先に、魚住が作業場から飛び出してきた。


「ねえ、ひらめいたんだけど」

片手に持ったクロッキー帳を振り回しながら、母屋のほうへ駆け戻ってくる。

 

「じいちゃん、椅子は夫婦で一緒に使えるのがいいって言ったよね?」

「ああ」

「おれもそう思うんだ。椅子は、ふたりで、毎日使える」

縁側までたどり着いた魚住は、じいちゃんと徳井を交互に見た。

 

「夫婦椅子って、どうかな?」

「めおと?」

「そう。夫婦箸とか、夫婦茶碗とかあるでしょ? あれと同じ。おそろいのデザインで、サイズだけ微妙に変える」

「そんなの、できるのか?」

「テーブルとの兼ねあいもあるし、バランスとるのがちょっと難しいかもしれないけど。でも、やってみようよ」

 

魚住がうきうきと言って、クロッキー帳を開いた。(つづく)

 

[ 次回は6/13(水)18時 更新予定 ]

 

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瀧羽麻子(たきわあさこ)
1981年兵庫県生まれ。京都大学卒業。2007年『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。著書に『株式会社ネバーラ北関東支社』『いろは匂へど』『左京区桃栗坂上ル』『乗りかかった船』などがある。最新刊『ありえないほどうるさいオルゴール店』を5月に刊行。

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