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Creemaのweb小説「虹にすわる」 バーベキュー 3-3[毎週水曜18時更新]

ー 登場人物紹介 ー

徳井:職人である祖父を見ながら育った影響でものづくりを志し、東京の工業大学に進学。卒業後、住宅メーカーで営業職として勤務。一年前に帰郷し修理屋の仕事を継いでいる。

 

魚住:徳井の大学の後輩。東京出身。学生時代から徳井の木工の才能にほれこみ、無邪気に慕う。卒業後は家具工房に弟子入りしていた経験あり。徳井のもとへ転がりこむ。

 

じいちゃん(徳井の祖父):元仏壇職人。引退後は町の修理屋/便利屋として働き、ご近所からも「徳さん」と慕われている。一年前に腰を痛めて休養中。

 

ー あらすじ ー

東京でメーカーの営業職として働いていた徳井は、育ての親である祖父の体調を心配し、退職し故郷に戻る決心をした。かつては仏壇職人として、今は町の修理屋として、人々に慕われている祖父の仕事を手伝いながら、生まれ育った土地での穏やかな日々を過ごす徳井。
そんな折、大学時代の後輩、魚住が現れ、一緒に椅子工房をやろうと言う。徳井の木工の才能に惚れ込んでいる魚住にとって、それは十年ぶり二度目の誘いだった。
現実味のない申し出にとまどう徳井だが――

 

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ひと組の夫婦椅子は、お盆の直前にできあがった。

できれば盆休みまでにしあげてほしい、と吉野氏に頼まれていたのだ。妻が娘の家族とともに、家に来る約束になっているという。そこで完成した椅子を見せ、そのままとどまってもらえれば理想的だ。

 

作りはじめる前に、魚住が描いたスケッチを吉野氏にも確認してもらった。自然なまるみを帯びた、ひじかけのないシンプルな椅子である。背面は一枚板ではなく、ひらべったいハート型の背もたれと座面の間に、スポークと呼ばれる細い棒状の部材を五本、縦に並べてつなぐ構造になっている。

 

素材についても三人で相談し、無垢のブラックチェリー、つまりサクラ材にした。吉野邸の前庭に、みごとな大木が植えてあったのが決め手になった。徳井はそんなところまで見ていなかったが、魚住が覚えていて、吉野氏に提案したのだ。後から聞けば、毛虫が落ちてきやしないかとびくびくしていたらしい。

 

できるだけ座り手の体に合わせて作りたいと魚住がこだわって、吉野氏には採寸までさせてもらった。妻用のほうは、本人のかわりに、背格好が似ている菜摘にモデルを頼んだ。いしやま食堂ではじまった話だったというのもあって、菜摘もこの件は気になっていたようで、ふたつ返事で承知してくれた。ただし、いざ下半身のサイズをはかられる段になると、やはり恥ずかしかったのか、顔をこわばらせていた。さらに、お尻をさわらせてよと魚住から無邪気に持ちかけられたのは、言下に断っていた。そんなことでめげる魚住ではなく、食堂へ行くたびに、立ち働く菜摘の後ろ姿を凝視しては、セクハラだといやがられていたが。

 

図面がしあがると、いよいよ実作業に入った。

カエデの椅子に続き、細かい加工と最後のしあげは主に徳井が担当した。基本的には魚住の設計図に従いつつ、気になるところが出てきたら、その都度ふたりで話しあった。徳井の提案が素直に受け入れられることもあれば、しぶられることもあった。一度だけ、どうしても互いの主張が折りあわなかったときには、もめにもめた末、じいちゃんにまで意見を求めた。

 

苦労の甲斐は、あったようだ。

「ぴったりです」

 

徳井たちが自宅まで届けた椅子に腰かけるなり、吉野氏は目をみはった。

「これ、木なんですよね? もっとやわらかい、クッションかなにかの上に座ってるみたいだ」

「体の曲線に合わせてるので、安定するんですよ」

魚住がうれしそうに説明した。

 

「今後もなにか気になることが出てきたら、いつでも連絡下さい。可能な限り手直しします。もちろん、奥さんのほうの椅子も」

 

吉野氏の座っている椅子の横には、もう一脚が並んでいる。見たところ、そっくり同じもののようだけれども、実は少しだけ座面が高い。反対に背もたれは低く、それぞれについているカーヴも微妙に違う。

「ありがとうございます」

吉野氏も隣の空席に目をやった。わずかにサイズの違うおそろいの椅子は、魚住が名づけたとおり、長年連れ添った夫婦を彷彿とさせる。

 

「家内もきっと気に入ると思います。こういうシンプルなデザイン、好きそうです」

「よかった」

魚住が小さく笑った。

 

「ちゃんとわかってるじゃないですか、奥さんの好み」

「本当だ」

うっすらと口を半開きにして、吉野氏は答えた。

 

 

吉野氏の家を辞した後、うちに寄ってじいちゃんを拾ってから、山のほうへと車を走らせた。

市内をつっきって流れる川の上流で開かれる、いしやま食堂主催のバーベキューは、毎夏の恒例行事となっている

徳井が子どもの頃からやっていた。常連客のほか、彼らが家族や知りあいも連れてきて、三、四十人もの大所帯になる。

 

いつもの河原で、宴はもうはじまっていた。参加者が持ち寄ったのだろう、かたちの違うバーベキューコンロが三つと、キャンプ用のテーブルや椅子が数組、砂利の上に据えてある。おとなたちは紙皿や飲みものを手に談笑し、子どもたちは水辺ではしゃいでいる。

「あ、来た来た」

三人にいちはやく気づいた菜摘が、割り箸と皿を持ってきてくれた。そばのテーブルに置いてあったクーラーボックスを開けて、缶ビールを二本とペットボトルの麦茶を一本、てきぱきと出す。

 

「ありがとう」

水滴のついた缶を受けとって、魚住が言った。

「今、吉野さんとこに行ってきたんだよ」

「ああ、あの椅子を届けに? 奥さん、もう帰ってきてるの?」

「いや、明日だって」

「明日? じゃあ、バーベキュー誘ったげたらよかったのに」

「誘ったよ」

魚住とかたちばかりの乾杯をかわしながら、徳井は答えた。

 

「でも断られた。これから大掃除だって」

「気合入ってるよね、このくそ暑い中」

缶ビールに口をつけた魚住が、うま、と声を上げる。

 

「椅子は気に入ってもらえたの?」

「ばっちり。これで吉野家は安泰だよ。一件落着、めでたしめでたし」

無責任に断言した魚住に、徳井は釘を刺した。

 

「奥さんがどう出るかは、まだわかんないけどな」

「大丈夫だって」

魚住が唇をとがらせる。

 

「徳井さんって、どうしてそんなに根暗なの?」

「お前はどうしてそんなに能天気なんだよ?」

「おっ、肉のにおい」

話が途中なのはおかまいなしに、魚住はバーベキューコンロに猛然と突進していった。じいちゃんもあとについていく。

 

「奥さんも気に入ってくれるんじゃない?」

ふたりを見送って、菜摘が徳井に言った。

「あの椅子、すごくすてきだったもん。それに、プレゼントをもらうってこと自体、わくわくすると思うな」

「ああ、それはあるかも。これまでそういうの、ほとんどやってなかったみたいだから」

「しかもオーダーメイドでしょ? 自分のための特別な椅子だよ。きっと喜ぶ」

そう言ってもらえると、徳井も少しずつそんな気がしてきた。

 

「ありがとう。菜摘も協力してくれて」

「役に立ててよかった。魚住くんのこだわりには、ちょっとびっくりしたけどね」

「ああ、ごめんな」

「いや、悪気がないのはわかってるから」

菜摘は目を細めてビールをすすり、魚住のほうを見やった。

 

「ああいう顔もするんだね、魚住くん」

「ああいう顔?」

魚住は紙皿に肉をこんもりと盛って、すごい勢いで食べている。食い意地の張った、いつもの魚住である。

 

「今じゃなくて、椅子作ってるとき」

菜摘が言い直した。

 

「真剣っていうか、一生懸命っていうか。ほんとに好きなんだね。夢に向かってまっしぐらで、こっちまで応援したくなっちゃう」

「もうちょっと現実を見てもいいと思うけどね、おれは」

「そう? あんなに打ちこめるものがあるなんて、うらやましいじゃない」

 

菜摘はあくまで魚住の肩を持つ。徳井は肩をすくめ、ビールをあおった。まったく、誰もかれもがあいつに甘い。

一方で、うらやましいという菜摘の気持ちも、わからなくはなかった。安定して注文がとれるのか、食っていけるのか、そういった雑念を魚住は一切持ちあわせていない。ただ純粋に、満足のいく椅子を完成させることだけを考えている。

 

「まあ、それを言うなら、律ちゃんもそうか」

いきなり水を向けられて、徳井は戸惑った。

 

「え、おれ?」

「うん。才能を活かして働けるって、すごいよ。わたしはそういうの、なんにもないから」

「別にすごくなんかないよ。おれは魚住に手伝わされてるだけだし」

かといって、いやいややらされているわけでもない。椅子が無事にしあがって、達成感もある。半面、結果的に魚住の思いどおりになってしまっているのは、なんだか癪な気もするのだった。

 

「そう? それにしては楽しそうだけど」

菜摘が徳井の顔をのぞきこんで、微笑んだ。ビールが回ってきたのか、頬がうっすらと上気している。

 

「工房、早く軌道に乗るといいね」

「工房なんて、そんな立派なもんじゃないって。ひとつ注文が入っただけだし、まだ全然だよ」

「弱気だねえ。また根暗って言われちゃうよ」

あきれたように笑われて、徳井は少しむっとした。おれは根が暗いんじゃない、人並みの常識と分別を持ちあわせているだけだ。

 

才能を活かして働けるなら、むろんすばらしいと思うけれども、世の中はそんなに甘くない。生計が立てられない限り、それは仕事ではなく趣味にすぎない。たった一件の注文をこなしただけで、図に乗ってはいけない。魚住みたいに舞いあがっていないで、冷静に今後を見据え、気をひきしめるべきだろう。

 

「だいたい魚住だって、いつまでここにいるかわからないしな」

徳井がなにげなく言うと、菜摘は目を見開いた。

「うそでしょ? あんなにがんばってるのに?」

責めるような口ぶりに、徳井は幾分たじろいだ。

 

「だって、あいつにとっては、この町って別に縁もゆかりもないんだよ」

「律ちゃんがいるじゃない。おじちゃんも」

菜摘は不服そうに言い返してくる。

 

「ずっとここにいればいいのに。魚住くんも、律ちゃんも」

川のほうからぬるい風が吹いてきた。ふたりの頭上で、木々のこずえがざわざわと音を立てる。

 

「おれは」

ここにいるよ、と応えかけて、徳井はためらった。うそではない。当面は、ここにいるつもりだ。じいちゃんがいるし、仕事もある。

 

でも、菜摘は「ずっと」と言っているのだ。ずっとここにいると、たぶん覚悟した上で。

挑むようなまなざしで、菜摘は徳井を見上げている。目の縁がほんのりと赤い。ちらちらと揺れるこもれびが、頬にいびつな水玉模様を描いている。

 

 

気詰まりな沈黙を破ったのは、間延びした呼び声だった。

「徳井さあん」

バーベキューコンロの傍らで、魚住が手招きしていた。

「お客さんだよ」

 

魚住の横に立っている若い男女が、徳井に向かって軽く頭を下げた。ぴったりと寄り添い、同じ紺色のシャツとワンピースをそれぞれ身につけ、これもおそろいの、幸福そうな笑みを浮かべている。

夫婦椅子の第二号を作ることになるのかと思案しつつ、徳井は三人のほうへ歩み寄った。

 

「どうも。徳井です」

「はじめまして。穴吹です」

「サトルくんと、リエちゃん」

魚住があとをひきとった。初対面のはずなのに、いやになれなれしい。

「おれら三人、同い年なんだよ」

うれしそうに続ける。ということは、彼らも徳井よりひとつ年下である。

「徳井さん、中学とか高校とか、かぶってるんじゃない?」

「僕はここの出身じゃないんですけど」

サトルくんが口を挟んだ。

「リエは、もしかしたら」

「あたしは一中で、南高です」

「じゃあ違いますね。おれは二中から西高なんで」

「なあんだ。つまんないの」

 

魚住はがっかりしている。このあたりには中学や高校がひとつしかないとでも勘違いしていたのだろう。東京の人間はこれだから困る。

 

「で、椅子っていうのは」

徳井は話を戻した。

「ああ、そうでした」

サトルくんが妻と目を見かわし、口を開く。

「子ども用の椅子を、作っていただきたくて」

「子ども用」

 

意表をつかれて繰り返した徳井の前で、リエさんがそっとおなかに手を添えてみせた。よく見たら、かなりふくらんでいる。体の線を拾わない、ゆったりとしたワンピースだから、気づかなかった。

現在妊娠七ヶ月で、里帰り出産をする予定だそうだ。サトルくんが送ってこられる盆休みに、早めに実家へ戻ってきたらしい。

 

「ファーストチェア、っていうんですか? 前に雑誌で読んだことがあって」

「魚住くんが椅子工房をやってるって聞いて、思い出したんです。こんなところで知りあえたのも、なにかのご縁かなって」

 

くちぐちに話す夫婦には気づかれないよう、徳井は目だけを動かして魚住を見やった。

工房をやっている、とはまた大きく出たものだ。サトルくんたちの口ぶりからすると、今のところまだ受注実績は二脚きりだというのは、伝わっていないのだろう。だましているわけではないけれど、どうも落ち着かない。

 

「ファーストチェアを作るのは、はじめてだけど」

魚住がおどけた口調で言った。

「正真正銘のファーストチェアだ。楽しみだな」(つづく)

 

[ 次回は6/20(水)18時 更新予定 ]

 

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瀧羽麻子(たきわあさこ)
1981年兵庫県生まれ。京都大学卒業。2007年『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。著書に『株式会社ネバーラ北関東支社』『いろは匂へど』『左京区桃栗坂上ル』『乗りかかった船』などがある。最新刊『ありえないほどうるさいオルゴール店』を5月に刊行。

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