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Creemaでめぐる世界の刺繍。人々の暮らしや思いを知る、9つの刺繍

Creemaでめぐる世界の刺繍。人々の暮らしや思いを知る、9つの刺繍

こんにちは。クリーマ編集部の庄司です。

 

布のキャンバスに、細い糸を刺して模様を描いていく刺繍。ひと針ひと針色を入れていき、膨大な手間と時間かけてできあがる作品は、繊細ながらも見る人を圧倒する力強さも感じられます。

 

刺繍の歴史は古く、世界各地で刺繍の源流とされるものがすでに青銅器時代から始まっていたのだとか。正確な発祥や伝播はわかっていませんが、人々が何千年もの時間をかけて刺繍を発展させてきたことは間違いないでしょう。その土地ごとに伝わる技法やモチーフの向こうに、その時代に生きた人々の暮らしや願いが見えてくるような気がします。

 

今回は数多く存在する世界の刺繍の中から、伝統的な9種類の刺繍の歴史や特徴、技法をご紹介します。今に伝わる刺繍の世界を、旅してみませんか?

カロチャ刺繍【ハンガリー】

ハンガリーの南部、カロチャ地方に伝わる「カロチャ刺繍」。色とりどりの刺繍糸で、バラやスミレなどの花々や、カロチャ名産のパプリカなどの農作物を描きます。伝統的には刺繍枠を使わず、図案の大部分をサテンステッチ※で仕上げるため、少し立体感が出るのが特徴。

 

今はカラフルな刺繍として有名ですが、当初は白一色で、女性がシンプルなカットワーク刺繍※で自分の持ち物にちょっとした飾りを施すことが多かったのだそう。19世紀中頃に民芸品としての価値を持ち始め、女性たちは自分のためではなく仕事として刺繍を行うようになります。その後染色技術が発展したことにより、様々な色を取り入れるようになり、また国が刺繍製品の輸出を奨励したことで大きく発展、文化として根付いていきました。

 

現在のカラフルな刺繍は、現地では主に礼拝やお祭りの時に着る民族衣装に施されています。若い未婚の女性は、赤やピンク、黄色などの華やかな色で刺繍された衣装をまとい、歳を重ねるにつれてブルーなどの落ち着いた色の刺繍に変わっていきます。また、紫を基調としたカロチャ刺繍は略式の喪服として着用され、「悲しみのカロチャ」と呼ばれるそうです。

※サテンステッチ…図案の輪郭の端から端に糸を渡すことを繰り返して、図案の中を塗るように埋めていくステッチ。出来上がりがサテンのように艶がある面になるため、この名前で呼ばれます。世界の刺繍に広く見られ、メキシコのオトミ族の刺繍などサテンステッチをメインに使う刺繍もあります。

※カットワーク刺繍…刺繍した布の一部を切り取って、透かし模様やスカラップなどを作る技法のこと。ポルトガルのマデイラ刺繍や、フランスのアンティークレースにも多く見られます。

カロチャ刺繍

・国/地域:ハンガリー/カロチャ地方。

・特徴:カラフルな植物柄、少し立体的に盛り上がった刺繍。

・刺繍が施されるもの:エプロンやブラウス等の、礼拝時を始め特別な時に着る民族衣装。

マチョー刺繍【ハンガリー】

同じくハンガリーの、北東に位置するマチョー地方の伝統的な刺繍が「マチョー刺繍」。カロチャ刺繍と似た雰囲気を持ちますが、用いられる色が原色であることや、ベースに黒い生地を使うことが多い点が違いとして挙げられます。

 

マチョー地方にはこんな伝説が残されています。

むかし、マチョーの村に突如悪魔が現れ、一人の青年をさらってしまいました。その青年の婚約者の女性は、彼を返すよう泣きながら悪魔に訴えます。すると悪魔は「美しいバラをエプロンいっぱいに持ってくれば、青年を返す」と言い残し、姿を消してしまいました。

季節は冬、バラなど一本も咲いていませんでしたが、この女性はひとつのアイデアを思いつきます。白いエプロン一杯にバラの刺繍を施したのです。美しい刺繍に埋め尽くされたエプロンを見た悪魔は、これと引き換えに青年を村に帰しました。

このお話に登場する「エプロン」は料理の時に着るものではなく、スカートの上などに重ねて礼拝の時に着用するもののこと。マチョーの人々の間では、女性から男性へ婚約指輪の代わりにこの魔除けのエプロンを贈る習慣もあったそうです。

マチョー刺繍

・国/地域:ハンガリー/マチョー地方。

・特徴:「マチョーのバラ」と呼ばれる特徴的なバラを始めとした花・植物柄。柄の密度が濃く、びっしり刺繍される。


・刺繍が施されるもの:シャツの袖やエプロンなどの民族衣装。

イーラーショシュ【ルーマニア】

ルーマニア、トランシルヴァニア西部のカロタセグ地方。第一次世界大戦後にかつてハンガリーの一部だったこの地がルーマニアに属するようになってもなお、少数民族として残ったハンガリー人が伝統的な刺繍を受け継いできました。

 

古くから伝わる刺繍のひとつ「イーラーショシュ」は、太めの糸をオープンチェーンステッチ※で刺し、単色で鳥、チューリップ、蹄鉄などの模様を描くのが特徴です。伝統的には嫁入り道具の枕カバーやベッドシーツなどに刺繍されました。女の子が生まれるとすぐ、一族の女性はその子の嫁入り道具に刺繍を始め、何年か経つと子ども自身もその刺繍作業に加わります。そうして長い時間をかけ豪華な刺繍を施し、花嫁の器量を示したともいわれています。

※オープンチェーンステッチ…先のステッチの糸を拾いながら、鎖状のステッチを連続して刺す「チェーンステッチ」で、鎖の横幅を広く取る方法を言います。太い線や面を刺すのに適しています。

イーラーショシュ

・国/地域:ルーマニア/カロタセグ地方。

・特徴:ウールなどの太目の糸で線を描くように模様を刺す。ハンガリーの紋章などもモチーフとして好まれる。

・刺繍が施されるもの:民族衣装、枕、ベッドシーツなど。

ハーダンガー刺繍【ノルウェー】

ノルウェーの西南、ハーダンガー地方に伝わる「ハーダンガー刺繍」は、イタリアから16世紀頃に伝わったドロンワーク※をベースに、この地の豊かな自然を模様に取り入れて発展してきました。伝統的には白い麻地に白い麻糸で、星や花などをモチーフにした幾何学模様を刺します。生地の糸を引き抜いて作る透かし模様が特徴です。

※ドロンワーク…土台の布の縦糸・横糸を抜き取って、残った糸を刺繍糸で束にまとめたり、フチをかがったりして、透かし模様を作る刺繍のこと。ドイツのシュバルム刺繍や、フィリピンのカラド刺繍などにも見られる技法です。

ハーダンガー刺繍

・国/地域:ノルウェー/ハーダンガー地方。

・特徴:自然をモチーフにした幾何学模様、ドロンワークによる透かし模様。

・刺繍が施されるもの:ベッドシーツ、テーブルクロスなど。

リュネビル刺繍(オートクチュール刺繍)【フランス】

リュネビル刺繍は、後にオートクチュール刺繍として発展する刺繍で、フランスのリュネビルという街で発展しました。薄いコットンチュールを枠に張り、生地の裏側から針を刺してレースのような模様を描いていました。主に聖職者がまとう法衣や洗礼時に着せるドレスなど、宗教的な場面で使われる製品が作られ、この町の特産になっていたようです。

 

特徴的なのは一般的な縫い針ではなく、かぎ針を使って生地の裏側から刺繍すること。特に、ビーズを留め付ける技術は非常に珍しく、後にオートクチュールや舞台衣装の制作に応用され、「オートクチュール刺繍」とも呼ばれるようになりました。あらかじめ糸が通されたビーズやスパンコールを使うことで、ひとつずつ縫い付けるより早く、美しく刺すことができます。

 

リュネビル刺繍(オートクチュール刺繍)

・国/地域:フランス/リュネビル。

・特徴:かぎ針を使用してビーズ等を留め付けたり、レースのような模様を刺す。

・刺繍が施されるもの:聖職者の法衣、洗礼用の衣装など。後にオートクチュールのドレス。

ヤオ刺繍【タイ】

アジアの少数山岳民族の中の一族、タイの北方等に暮らす「ヤオ族」の刺繍は目の細かいステッチが特徴です。このヤオ族を含め、アジアの少数山岳民族は元来、繊維原料の栽培から縫製までを自ら行い、自分たちで着る服を作ってきました。一面にびっしりと目の詰まった刺繍は、膨大な手間と時間をかけて作った服を少しでも長持ちさせるための生地の補強の役割もあったのかもしれません。描かれる模様は、厳しい自然環境の中で生き抜くための「魔除け」の意味合いを持ったものが多くあります。

 

ヤオ族は、タイの他にも中国、ラオス、ベトナムなどの国境付近の山岳地帯に暮らしており、村によって刺繍のモチーフやステッチの種類が異なるそうです。

ヤオ刺繍(タイ)

・国/地域:タイ/北方の山岳地帯。

・特徴:布の目に沿った細かい刺繍。猫や蜘蛛など生き物や、渦巻き、生命の樹などをモチーフにした模様。

・刺繍が施されるもの:日常着、晴れ着など、自分たちが着るための服。

グジャラート刺繍【インド】

インドの西側、グジャラート州で発展した刺繍。砂漠が広がるこの地方では、強い乾燥や風、砂嵐などで布の痛みが早いため、ちぎれてしまった布を再度使うためのパッチワークや刺繍の技術が発展しました。

 

グジャラートを含め、アジア各地の砂漠に暮らす民族の衣装には「ミラーワーク」が多く見られます。小さな鏡の周りを糸でかがって留め付ける方法で、ペルシャを起源に広まったと言われています。光を反射する様子から、悪を反射するお守りとして衣服につけられるようになりました。広い砂漠の中で太陽の光を反射させることで、自分たちの位置を知らせる役割もあったと考えられています。

グジャラート刺繍

・国/地域:インド/グジャラート州。

・特徴:原色の生地を使った、パッチワークやミラーワーク。

・刺繍が施されるもの:民族衣装、ラクダの背飾り、布団等のほか、権力者が飾ったタペストリーや工芸品等。

カシミール刺繍【インド】

「カシミール」といえばカシミヤ山羊の毛のショールが有名ですが、伝統的なカシミヤショールは手織物でした。織物で細かな柄を表現することは非常に時間がかかるため、より短時間で柄を入れる方法として「カシミール刺繍」が生まれたと言われています。「アリ」というかぎ針状の特殊な針で刺繍するため、「アリワーク」とも呼ばれます。目の揃った美しいチェーンステッチが特徴で、織物の柄を再現した表裏どちらから見ても美しい細密な刺繍を施したものは非常に高級とされています。

カシミール刺繍

・国/地域:インド/カシミール地方。

・特徴:カシミヤ山羊の糸を使い、かぎ針で刺した刺繍。花などの植物のほか、ペイズリー柄も多く見られる。

・刺繍が施されるもの:ショール。

日本刺繍【日本】

日本刺繍は、基本的には絹の生地に金銀糸と絹糸で、刺繍台に固定した生地に両手を使って刺していく刺繍です。着物や帯、日本人形等に用いられてきました。産地によって「江戸刺繍」「京繍」「加賀繍」などと呼ばれ、基本的な技法は同じですが柄や色合いに細かな違いが現れます。

 

日本刺繍に使う絹糸には撚り(より)がかけられておらず、自分で撚りの強さを調整したり、複数の色の糸を組み合わせたりして、色合いや光沢を変え複雑な模様を表現していきます。

日本刺繍

・国/地域:日本/東京、京都、金沢など。

・特徴:枠に張った絹の生地に、絹糸を使って両手で刺す。菊などの花、鶴や龍などの生き物、家紋などが刺される。

・刺繍が施されるもの:着物、帯、相撲の化粧廻し、日本人形など。

つないできた歴史をひと針ひと針に感じて。

今日ご紹介したのは、世界中に数多ある刺繍のうちほんの少しです。それでも調べていくうちに、その土地によって刺繍が発展した背景が異なること、その背景によって多く使われる技法やモチーフに違いがあることがわかりました。

 

今も、これまでに培われた技法やモチーフを取り入れながら、作り手の個性によって新しい刺繍作品が生まれています。ひとつの刺繍にかけられた手仕事のあたたかみを、身近に置いてみてはいかがでしょうか。

(参考文献)
「世界のかわいい刺繍」 矢崎順子著、新光社、2011年
「アジアのかわいい刺繍」 梶謡子著、新光社、2012 年
「ヨーロッパのかわいい刺繍」 梶謡子著、新光社、2014年

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