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石を見極め、形にする。「土佐硯」の持つ魅力とは【高知ものづくり紀行 vol.1】

2022.11.16
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石を見極め、形にする。「土佐硯」の持つ魅力とは【高知ものづくり紀行 vol.1】

太平洋と山々に囲まれ、あたたかい日差しが降り注ぐ日本の南国、高知県。自然豊かで、カツオの藁焼きをはじめとした海・山・川の幸で彩られる新鮮な郷土料理が人気です。

また高知と言えば、幕末の志士・坂本龍馬の出身地というイメージが強い方も多いのではないでしょうか。

 

そんな歴史と文化が香る高知には、国指定の伝統的工芸品にも指定されている「土佐和紙」や「土佐打刃物」など、数百年以上の時を経て受け継がれてきた個性豊かな伝統工芸品が存在しています。

 

Creemaでは、そんな高知のものづくりについてお届けする「Creema 高知ものづくり紀行」を開催しています。ここでは5回に渡って高知のものづくりと、職人の方々の技術や制作にかける想いをご紹介します。

Creema 高知ものづくり紀行 記事一覧

− 【高知ものづくり紀行 vol.1】石を見極め、形にする。「土佐硯」の持つ魅力とは 【もっと読む

− 【高知ものづくり紀行 vol.2】世界が認めた「宝石珊瑚」をもっと身近に。土佐発・お守りジュエリーに込められた願い【もっと読む

− 【高知ものづくり紀行 vol.3】子の成長を願う「フラフ」を未来に繋ぐ。120年の伝統を持つ染物屋の想いとは 【もっと読む

− 【高知ものづくり紀行 vol.4】残すために、職人技術も数値化。小さな鍛冶屋が見据える「土佐打刃物」の未来【もっと読む

− 【高知ものづくり紀行 vol.5】「土佐和紙」1000年の歴史を繋ぐために。強くしなやかに変化し続ける職人たちの想い。【もっと読む

今回ご紹介するのは、高知県幡多郡三原村で土佐硯(とさすずり)をつくる一岐工房(いきこうぼう)さん。硯と言えば、書をする際に水を落として墨を磨り、その墨液を溜めるための道具。学生時代の書道の時間に触れたのが最後、という方も多いかもしれません。

 

書道セットに入っている硯は、四角く均一的なイメージがありますが、一岐工房さんがつくる作品にはさまざまなフォルムの硯があり、見ても使っても美しく、私たちの硯の概念を変えてくれます。

 

2015年に東京から移住して硯づくりをしている壹岐一也(いき・かずや)さんに、作品のこだわりやものづくりへの思いについて、お話を伺いました。

良質な原石が採れ、硯づくりに適した小さな村

高知県幡多郡(はたぐん)の山間部に位置する三原村。面積のほとんどを山林が占める人口約1500人の小さな村は、東京との「時間的距離(=移動に要する時間)」がもっとも遠いと言われています。

 

標高120mの高原地帯で豊かな水資源に恵まれており、集落に広がる田園からはおいしいお米を収穫することができます。

 

この地で古くからつくられている伝統的特産品が「土佐硯(とさすずり)」です。

▲ こちらは壹岐さんの作品たち。(黒い用紙は値札を裏返しにして伏せたもの)

文献によると、その歴史は室町時代にまで遡ります。1467年の応仁の乱で京より逃れた書家の一条教房公(いちじょう・のりふさ)が、この地で良質な硯石を見つけ、以来長く愛用したことが土佐硯の始まりなんだそう。
 

三原村の山深い清流沿いで採掘される原石は、ほかの地域のものと比べて何が違ったのでしょうか?

 

「硯に使われる石は『黒色粘板岩』といって、堆積岩の中でも特に細かい粒子でできている泥岩の一つです。中に金属片が混ざっているものや、不均質なものは硯には向きません。その点、ここ三原村では状態が良く、質の高い黒色粘板岩がまとまった量採れるということが、硯作りに適していたのだと思います」
 

約6千万年前、中世代白亜紀層のものと見られる​​黒色粘板岩は、特殊な銅粉を含んでおり、つややかで美しい蒼黒色が特徴。自然な風合いと墨の発色には定評があり、運筆の微妙な変化も表現できると評判の名品なんです。

全く関わりがない土地。だからこそ移住を決めた

壹岐さんが、高知県三原村を訪れたのは2015年のこと。それまでは、外国の本を扱う東京の出版会社で営業職をやっていたのだそう。

 

サラリーマンとして働いて10年。自分自身を見つめ直すために会社を辞め、2年半ほどさまざまな土地を転々としながら旅をしていたと言います。

 

「カバンだけ持って、海外や日本各地でお遍路をしながら過ごしていました。一箇所に定住することはなかったので、2年半の間ずっと自分の家がない状態でしたね(笑)。自分の本棚も何もないですし、そろそろ落ち着きたいなと思ったときに、高知への移住を考え始めたんです」

 

当時、四国遍路の最中だった壹岐さん。​​高知を選んだ理由は、「全く関わりのない土地だった」から。あえてまっさらな場所を求めて高知県の移住相談に赴いた結果、いくつかの工芸品の仕事を紹介され、そのひとつが土佐硯でした。

昭和59年に発足した「三原硯石加工生産組合」は、バブルのピーク時には25名の職人がいましたが、壹岐さんが訪れた2015年には5名にまで減少。手書きの機会すら減っている現代において、硯が衰退していくことは想像に難くありません。

 

しかし、土佐硯の伝統をなんとか後世に残そうと、高知県と三原村が後継者育成を目的にした研修制度を開始。その案内で、壹岐さんは「三原硯石加工生産組合」に辿り着いたのでした。

 

「お遍路をしながらこの工場に見学に来たら、すごく薄暗いところでおじさんが一人で黙々と硯を作っていて。ほかの工芸品に比べるとたしかに地味ですけど、僕もそんなに器用なわけじゃないし、これならできるかもしれないなと。自分のこだわりを追求できる仕事というところにも魅力を感じて研修に参加することにしました」

最も悩むのは、石を見極める工程

そうして、正式に移住を決めた壹岐さん。ほぼ同じタイミングでもう一名加入し、現在組合には6名の職人が在籍しています。

▲ 組合が構える工場では、職人一人ひとりのスペースが設けられており、各々が自分の作品を制作しています。こちらが壹岐さんの工場。

壹岐さんのブランド「一岐工房」の作品は、いわゆる書道セットに入っているような均一な硯ではなく、つるんと丸みのある可愛らしいものや、縁が不均一でゆらぎのあるものなどさまざまで、目で見ても美しいのが魅力です。

▲ 小さくても重厚感のある滴型、小筆用「硯」。つるんとしたなめらかな質感に、丸みのある可愛らしいフォルムで、思わず両手で包みこみたくなります。
▲ 天然の岩肌を残し三ケ月(三日月)の海を持つ、小筆用「天然硯」。海とは、磨った墨液を溜めておく場所のこと。原石が持つワイルドさと繊細さを併せ持った、印象的な佇まい。“三ケ月の海”というネーミングも素敵です。

これらの斬新なデザインはどうやって考えているのでしょうか。

 

「まずは、原石と対峙しながらぼんやりとこういうものをつくりたい、と想像を膨らませます。おおよその外枠は描いたり型を作ったりすることはありますが、設計図を作ることはあまりないですね」

 

一番悩むのは、この「石を見極める工程」なんだそう。自分の中で「こうだ」と思うまでは作り始めず、何日も悩んで考えることもあると言います。

 

「実際に原石を割ったら、あとは偶然に任せて場当たり的に削っていきます。表面を平らにしながら、フチの位置や薄さ、手のなじみ方を考慮して、そのときの自分の感覚で進めていくイメージですね」

▲ 鑿(のみ)を使って割った岩石を削っていく工程。静かな工場に、ごりごりと心地よい音が響いていました。
▲ 水で濡らしながら硯の表面をなめらかに磨く様子。びっくりするほどつるつるに。

原石は数千万年を経て形成された自然物。いざ割ってみなければどうなるかわからないし、石が持つ表情も一つひとつ違う。そのため、全く同じものはひとつとして存在せず、すべての作品が一点ものなんだと、すごく腑に落ちた気がしました。

 

「書の場において邪魔にならないというか。主張なく場に溶け込む、親しみやすい硯を目指してはいますね」

▲ 丸い海を持つ、小筆用「硯板」。淵がないタイプでかさばらないので、持ち運びやすくて洗いやすいのが特徴。

「この作品の始まりは、四国遍路の際に持ち運びたいので、軽くて管理のしやすい硯を、というご要望からでした。ほかにも、山から採掘した際に出る薄い原石をなんとか再利用したいという意図もあって、このような硯が生まれました」

地球史を知るほど、石へのまなざしが深くなる

高知に移住して約2年半。硯職人として石と向き合う道を選んだ壹岐さんに、石ならではの魅力を聞いてみました。

 

「最初は、いつも同じ種類の石を素材にして作っていて、別の石への興味は全くなかったんです。でも石の歴史や地球史を知るにつれて、どんどん興味が湧いてきて。今はもう、河原に行くと石を見るだけで面白いんですよ。あの石は火山性で、たぶんこんなふうに出てきたんだろうな、とか。

 

実際に、硯に詳しい職人の方々は石を見ているんですよね。僕自身、まだ見過ごしているものがたくさんあると思いますけど、この先どんどん見方が深くなっていくような気がしています。単なる石でどれも同じ、ではないですから」


 

現在、三原村内の原石不足が懸念されており、地元の大学と連携して良質な原石が採れる新しい採石場を探しているところなんだそう。引き続き、硯の性能と石の性質の関わりをより深く知っていきたい、と壹岐さんは言います。

 

素材としての魅力はもちろんのこと、ものづくりをする上でも石はご自身の性格に合っているのだとか。

「僕はそんなに器用じゃないので、一度やってしまったらそれっきりというのがどうも……。その点、石は一気に削るのではなく、少しずつ時間をかけて触れられるのがいいですね。

 

鑿(のみ)を使って1ミリ単位からどんどんマイクロ単位になるまで削り、表面の厚みをわずかにならしていく。やはり、自分の手で石が変化していくのを見るのは面白いです」

 

細かいところまで気を配り、実直に石と向き合い続ける壹岐さん。最後にものづくりをするうえで大切にしていることを聞いてみると、しばらく考え込んだのちに、こう答えてくれました。

 

「常に状態の変化を見ながら作ることですかね。決まり切った型に、こうだ、ってはめ込むんじゃなくて、その場その場に応じて作り方を変えるというか。それができるのが職人ってことだと思っています」

取材を終えて

シンプルで飾らないけれど、たしかな存在感。

そして、見つめていると自然と心がしんと静かになる。

 

取材を通して壹岐さんのお人柄に触れ、一岐工房さんの作品が纏う独特な空気の理由がわかったような気がしました。


 

手書きの機会が減っている今だからこそ、心静かに書と向き合う時間は私たちにとって思いがけない豊かさをもたらしてくれるのかもしれません。

 

今後は硯単品だけでなく、和紙や墨といったほかの書の道具の専門家とも連携しながら、一緒に販売する活動も検討しているのだそう。

 

高知には国指定の伝統的工芸品として「土佐和紙」もあるので、高知の工芸品で道具を揃えて、年始に書初めをしたり、しばらく会えていない友人に手紙を書いてみたりするのも粋ですね。

 

壹岐さん、ありがとうございました!

「高知ものづくり紀行」では、今回ご紹介した一岐工房さん以外にも、高知の素晴らしい工芸品の作り手と作品をご紹介しています。

 

未来に繋ごうと活動するその想いに触れながら、ぜひ一つひとつの作品を見ていただけたらなと思います。皆さんの心に響く作品が見つかりますように。

※ 本記事は高知県の伝統工芸品・地場産品に係る販路拡大の取組の一環として、 株式会社クリーマが制作しています

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