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今もなお、すべてが手織り。江戸時代に栄華を極めた奈良晒の、未来に受け継がれる魅力とは【奈良ものづくり紀行】
かつて日本の都があったまち・奈良。京都よりもさらに古い歴史があり、街全体に広がる伝統的な風景や歴史ある文化財を通して、古都のロマンに触れることができます。
学生時代に修学旅行で、東大寺の大きな大仏様や、奈良公園の鹿たちを見に訪れたことがあるという方も多いのではないでしょうか。
そんな奈良市には、空海が中国から筆の製法を持ち帰り、奈良でつくられるようになったという「奈良筆」に加え、いまでは日本で使われる固形墨のほどんどを占めるという「奈良墨」など、いにしえの時代から代々受け継がれてきた、優れた伝統工芸が数多く存在しています。
今回ご紹介するのは、1995年に奈良県伝統的工芸品に認定されている高級麻織物「奈良晒(ならざらし)」です。織り機で手織りした麻の生平(きびら)で、最終工程まで奈良で生産された麻織物だけが「奈良晒」と名乗ることができるのだそう。
かつて奈良地方でどのように発展し、今に至るのか。奈良市東部にある工房で、創業から約160年に渡って手織りで奈良晒をつくり続ける岡井麻布商店(Creemaショップ名:Maffu)の岡井友見(おかい・ともみ)さんに、その歴史やものづくりの魅力についてお話を伺いました。
かつて全国の武士を支えた、最上の手織りの麻
奈良晒が産業として盛んにつくられるようになったのは、江戸時代中期のこと。17世紀初めに、幕府御用品として重用されたことがきっかけでした。
「質の高さ、白の美しさから“麻の最上”と評され、江戸時代の武士の正装である裃(かみしも)に奈良晒が使われるようになったんです。
当時徳川家康が、奈良晒の裃を着て登城するようにという令を下したことで、奈良晒が全国的に有名になり、以降すべての武士の裃を奈良地方で織るようになりました」
主に裃や僧侶の法衣に用いられたほか、古くから社寺でも重用され、宮内庁や伊勢神宮、神社庁などに献納されてきた歴史をもちます。この当時、奈良町の住人の9割は、何らかの形で奈良晒に携わっていたのだそう。
こうして栄華を極めた奈良晒ですが、武士の時代の終わりとともに着物が不要になり、産業は衰退していきました。そんななか、これらの伝統技術を守り継いできたのが「岡井麻布商店(おかいまふしょうてん)」です。
「私たち岡井には本家と分家があり、もともと本家の家業として酒づくりと布織りをやっていたんです。そのなかで本家が酒屋さんに転職したため、分家の方に布織りの部分を分けてもらい、1863年に創業しました。麻織物の需要が減っていくなかで、私たちは奈良晒を用いて茶道に使う茶巾をつくり続けて、今日に至っています。
現在は5代目の父と、6代目の弟とともに手織りで奈良晒をつくっていますが、事業として続けているのは奈良県内で数軒だけになり、実際に織った生地を販売してるのはもう私たちだけですね」
奈良晒に用いられる原料は、大麻の皮を裂いた精麻(せいま)。精麻を紡いで糸にするところから作業をはじめ、よりをかけたタテ糸と、よりをかけないヨコ糸で織り上げます。
すべて手作業のため、1メートルの長さを織るのにも2~3時間ほどかかるのだそう。奈良晒の場合は、この織り上がった生平(きびら)と呼ばれる麻布から、さらに数回の晒工程を経て、真白く晒し上げて仕上げます。
伝統を守り継ぎながらも、今“欲しい”と思えるものづくりを。
岡井麻布商店さんでは現在、帯や着尺地などの受注生産を行うほか、近鉄奈良駅の近くに直営店を2店舗持ち、麻生地を使ったさまざまなオリジナル商品を販売しています。
「以前はお土産屋さんやホテルで、布巾などの限られた商品を置いてもらっていました。そのなかで、取引先の方やお客さまから直接『こんな商品が欲しい』とか『これはほかにはない』という意見をいただくことが結構あって(笑)。
それなら自社で直営店舗を持って、みなさんからいただいた声を活かしながら、商品数を増やしていくのがいいと思い、お店を始めました」
また、岡井麻布商店さんでは奈良晒のほかに、外国の工房で手織りした「岡井の麻」と呼ばれる麻生地を製造。
奈良晒に比べて製造のコストを安く抑えられるので、お手頃な価格で商品を提供できるのだそう。より手軽に手織りの麻を楽しめるのが魅力です。
後染めした麻布は、カラーバリエーション豊富。商品も、のれんやタペストリー、バッグ、生活用品、ファッション雑貨など多岐にわたり、見ているだけで楽しくなります。
し、型絵染にした生地を使用しているのだそう。
「ここ数年若い女性の観光客が増えるなど、奈良に訪れる方たちの層にも変化がありました。来店してくださるお客さまの年齢層や雰囲気を見ながら、欲しいと思ってもらえる商品を模索しています。私たちは手広く販売しているわけではないので、試しにつくってみて、売れたら続けてみる、というように、自社の直営店舗があるからこそ自由に挑戦できていますね。
古いものは古いものとしてきちんと残しつつ、やはりその時代に合ったものづくりを考える必要があるなと。ただ最近はなんとなく、古いものの魅力がもう一度見直されているのかなと感じますね」
店内には麻生地でつくったコーヒーフィルターや、お茶や出汁を煮出すときに使う「ちゃんぶくろ」など、繰り返し使えるサステナブルなアイテムも並んでおり、若い層を中心に人気だと言います。
こういったアイデアは社内会議で出し合うほか、取引先や工場の方、奈良県が行っている事業を通して出会った若手の作家さんに提案をもらうこともあるのだそう。
そんな岡井麻布商店さんが、商品企画の際にいちばん大事にしているのは、自分たちが欲しいと思えるかどうか。気に入ったものをお客さまにもおすすめしたい、という思いから、見た目の美しさだけでなく、使いやすさや機能性にもこだわっています。
時代が変わっても、一切変わらない技法。
今もなお機械化されることなく、昔ながらの機織機を使ってすべて手作業で織られている岡井麻布商店さんの作品たち。手間暇がかかったとしても、それだけの良さが麻織物にはあると岡井さんは言います。
「麻織物というのは本当に、技法も道具も昔と全く変わらないんですよ。時代が進んだからといって全然ラクにならなくて(笑)。でも向き合っている時間は無心になれますし、やはり、織った生地ってすごくきれいなんですよね。
手作業なので気を抜けないところもありますが、大量生産にはない良さがあると思います。そうした昔から受け継いできた技術は残しつつ、うちにしかできないオリジナルのものづくりを続けていきたいですね」
今後は、伝統的な奈良晒の生地を使った商品をもう少し展開していきたいという思いがあるのだそう。
「『岡井の麻』を使ったアイテムはかなり増えましたが、奈良晒を使ったものは茶道の道具がメイン。そこで今、茶道をやっていない方や若い方にも使っていただきやすいようなアイテムを考えています。たとえばお祝いのときに贈れるような、ちょっとしたオブジェやぬいぐるみ、アクセサリーをつくってみたいなと思っています」
取材を終えて
終始、やわらかな雰囲気でお話してくださった岡井さん。手織りの麻をより身近に感じてもらうためにどう見せていくか、ということに対し、ご自身でも楽しみながら探求している様子がとてもよく伝わってきました。
技法は変わらずとも、商品の在り方は昔からの型にとらわれずに自由な発想とともに発展させていく。そうした柔軟さと身軽さが、160年を越える歴史を支えてきたのだなと感じます。
麻糸から生まれる素朴な色味や質感は、現代の暮らしにも馴染みやすく、やさしく丁寧な日々を送りたくなる魅力があります。
現在、奈良県内に残る織元は3か所のみとのことでしたが、これからも伝統を守り継ぎながら、魅力的な商品をつくり続けていってほしいなと思いました。
奈良市には、今回ご紹介した作家さん以外にも、伝統を守りながら時代にあわせたものづくりに挑戦し続ける素敵なクリエイターがたくさん活躍しています。ぜひ、上記ページから「奈良ものづくり紀行」としてご紹介しておりますので、ぜひお楽しみください。
ぜひ、皆さんのお気に入りの作品を見つけていただけたら嬉しいです。素敵な作品との出会いがありますように。
>>奈良市の伝統工芸事業者支援事業「Nara Crafts' Cross Project」についてはこちら
※ 本企画は、奈良市の伝統工芸事業者支援事業である「Nara Crafts' Cross Project」と連携して、株式会社クリーマが企画・開催させていただいております。