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画家・大谷太郎さん - 日本の美しさは絵に限らない、暮らしのいたるところに_作り手インタビューvol.2 

第2回の作り手インタビューは、ずっとお会いしたいと願っていた画家・大谷太郎さんです。ドイツで絵を学び描く中で、日本人らしさ、自分らしさを深く考えながら絵に向かい合ってきた大谷さん。よどみのないストレートな言葉が胸にぐっと響きました。

逆からたどってきた美術の道すじ

「19歳から絵を描いています。16年ほどドイツで暮らしましたが、日本では美術を学ばずに、いきなりドイツに行き、美大の絵画科に入りました。ドイツでは、大学に入ってから育てて開花させるというスタイルです。いわゆる現代美術の世界に入り、大学を出てからはギャラリーと契約し、作品を出してという生活をしていました」

 

一般的には、日本の美大で学んでから海外に出て行くというキャリアを目指すことが多い美術の世界。大谷さんは、ドイツで学んで日本に帰って来るという逆からたどった道すじでした。もしまた日本で同じように活動すれば、そこからのゴールは海外での活動や個展に…。それに違和感を感じ、異なるゴールを探したそうです。

「普通の美術のルートではない道を進みたい」

 

「日本で美術を学んで行けば良かったのかもしれませんが、僕の場合は、何も知らず行ったものだから、目の前に見えるその世界が全てでした。国籍を意識することはそれまでありませんでしたが、欧米では自分が『アジア人』としてくくられることに驚きました。日本に帰っても引き返す場所もなく、日本人もアジア人もとても少ない環境だったので、ドイツの高校を卒業してきた同世代のドイツ人と同じ条件でアカデミーに入り、絵を基礎から学ぶことになりました」

こうして、ドイツでの暮らしが始まり、異文化体験の意味に直面することになります。

ドイツにいて感じた、ドイツ人でない自分のアイデンティティ

「何年たっても、僕はドイツ人じゃないなと思ってしまったのが正直なところです。本来、異文化体験とは複雑な経験が多いものですよね。美術や文化というものは、簡単ではないなと痛感しました」

異文化体験というものはポジティブに語られることが多い中で、とてもリアリティのある言葉でした。ドイツにおける日本人、そして自分自身と向かい合ったという大谷さん。

学校では『自己表現しなさい』と言われるので、『じゃあ自分は何か?』と考えます。でも、どこまで行っても自分はドイツ人ではなく、日本人だと思ってしまいます。ドイツにはドイツのルールがあり、ドイツにはドイツの絵の世界があります。ドイツと日本、それは、どちらが良いということではなく、単に違うだけなんだと思いました」

「自分の言葉づくり」を延々と続けた20代

「ドイツで覚えて一番実践していたのは、絵を記号化することでした。僕の絵の中で、例えば、三角形を描いたら『これは山』、三本線を引いたら『これは木』と、記号みたいにして決めていきます。記号で『自分の絵の言葉づくり』を延々とやっていました。そうして30歳まで、自分のひらがなかたかなづくりを続けていたんです。今は、その記号を使って頭の中で考えた絵に、リアルな風景をまぜて描いています。半分空想半分リアルみたいな感じですね」

そして、絵の中で、何をどのように描き進めて行くかについて話がおよんだ時、意外な答えがありました。

「僕の場合、色が出るようになれば良いんです。全ては色次第。最初は真っ赤で行こう、ここは水色で行きたいと決めて描きます。結局、見ている人からして色や形が一番飽きないと思うんです。琳派の絵なども、良く見ると絵の形から入って描いている部分がありますよね。

ドイツではそういう風に習いました。何を描くかについては後回し。キャンバスの上で絵の具を練って、『ここで作っている、ここがキレイなら良いから』と教わったんです。それが僕には合っていましたね」

著名な画家や先生とたくさんのお手本がいる中でも、それの真似にならない自分らしさが大事だと語る大谷さん。

 

「誰かをすごいと言ってなぞると、『ばーん』という強いものがなくなってしまう。だから自分が、いの一番になってやらないといけないと思っているんです」

実は、美術がものすごく好きな日本人

「ドイツの人は、真っ白な部屋に住んでいます。真っ白い壁に、好きに釘を打って絵を飾ります。何もないから何か飾る、そういう構造になっているんです。ギャラリーに行けば何もない空間に絵だけがある。教会の中と同じように。絵だけを買う場所がギャラリーで、それが向こうの文化なんです」

「ドイツから友人が日本に来て、一緒に街を歩いていた時の話です。日本の家の中に入ると、箸がきれいだったり、細かいところにまで模様が描いてあったり、皿の上に食べられない装飾があったり、その1つ1つにわぁと言ってよろこぶんです。こんなところまで!と感激して。ドイツでは、真っ白い棚があり、テレビはここ、絵はここと配置され、同じように、文化はこれ、食事はこれ、絵が見たいならギャラリーに行こうという風に、項目が分かれている感じです。日本はそんな風に分かれていないし、街や家のいたるところに美しいものがあります。だから、ドイツ人が日本を見ると、そういうやり方があるんだと気づきがあって、反応するんです」

「日本人は、実はものすごく美術が好きだと思います。絵というと狭まってしまうけれど、食べ物でも家の中でも、目に見えるものをきれいにする点では、世界で1番おしゃれでしょう?」

そんな風に、日本を客観的に見ることができるのは、外から見た日本と日本の中の日本を知っている大谷さんならではの視点だと感じました。

「日本はその白い壁の方、外国の文化にはまりにいくのか、それとも日本なりのやり方で自信を持って進むのかというと、僕は後者を選びたいと思います。日本は遅れていると言われたりする事もあるけれど、文化の上では単に別物だというだけです。日本でも絵を飾る文化が根づいていく上で、どうしたら絵が流通して受け入れられるかを考えた時、それが必ずしも欧米流でなくても良いと思います」

絵の楽しみ方は買ってくれた人が決めること

「絵は日常の中にあってほしいと思いますか?」という質問には、迷いのない言葉が返ってきました。

「まずは、買ってもらって、飽きないで飾ってもらえるとうれしいです。特に意識しなくても、自然と絵を感じてもらうような。ただ、どうやって絵を楽しむかは、買ってくれた人が決めることだと思っています。こう暮らしたいというものがあるなら、僕もそれに合わせたいと思います」

「現代美術はややこしくて、ストンとこれは風景だね、きれいな絵だね、とはいかないことが多いです。作品に社会的なテーマや政治的なテーマを込めたり、1枚ひっぺがすと人間ってこうなんだよと言わなければ『深くない』と思われたりもします。でも本当はもっと単純で、花を描く時は、花が咲いている姿がきれいだと思って描いているはずです。絵の中で哲学問答みたいなことをすることには興味がなくて、あくまで色と形を求めます。絵はそもそもオブジェとして生活の中にあるという、絵の原点を見つめたいんです」

絵は、長くやれば偉くなるという分野でもない

「Creemaの中では、自分が全く絵に興味がなかった頃の絵の原点を思い出すような絵を見かけたりします。自分の描きたいもの、身近なものを描いている絵です。絵に全く興味がなかった昔の自分みたいな人を見つけて、そんな人が良いと思う絵で振り向かすことを考えると、相手が美術のことを知っているかどうかは一番大事なことではないと思います。見て気に入らなければおしまいですからね。絵は、すごく長くやっていれば偉くなるというものでもありませんし、時間をかけて描いたから良いというものでもないと思います」

もちろん、大谷さんがそういう考えに至るまでは、いろいろな経験を積み、専門的な猛特訓が必要だったはずです。何巡もして初めて言えることなのだと感じました。

「みんなが思う絵ってこうだよね、という通念からはずれたいと思っています。決して自分の絵に今まで満足したことはないけれど、2006年頃に『自分になったな』と思う瞬間がありました。自分は何を描いてもこういうムードになるなと、誰が見ても『これは太郎の絵だね』と言われる、自分のスタイルが出来上がったのがその時でした」

ハンドメイド世界に絵が入ることの可能性

ドイツで経験を積み、新たな一歩を求めた大谷さんは日本に帰国します。

「ドイツから帰った時に知ったハンドメイドインジャパンフェスに興味を持ち、出展しました。ハンドメイドの分野だったら、もっと幅が広がりそうだと思い、日本で関わろうと決めたんです。あのハンドメイドインジャパンフェスには、ものすごい人が見に来ていたのが衝撃的でしたね。ドイツで絵を見に来る人なんて、そんなに多くありませんから。アクセサリーやファッションなど、身につけるものだったら無理しないで自然と人が集まってくる。みんなの暮らしに合っているんだなと思いました」

「ドイツは絵しか並んでいません。それだと、予備知識がないと意味が分からないですよね。美術の世界にずっといると話がだんだん難しくなってしまって、原点にある、買ってもらって飾ってもらうということから離れてしまう気がするんです。でも、目的が単純だったら作る方もシンプルに考えられます」

それから、絵をインターネットで売るというスタイルに切り替えた大谷さんは、大きな手応えをつかんだそうです。

「日本で美術の世界につてもないのでインターネットで絵を売っていましたが、その方がずっと売れました。もちろんリアルなイベントも良いですが、毎日はできませんから、ネットで作品を売るというのは自分にとってはものすごく大切です。絵で生計を立てていくのは難しく、収入が不安定なので、ドイツでも絵をやめてしまった友人がたくさんいました。向こうでは、美術のさやにおさまらなかったら自分は終わりだと思っていたけれど、インターネットの販売ルートが大きくなって、当然のように皆が買うようになってからは変わりました。外に大きな受け皿があるというのは、良いことですよね」

ハンドメイドマーケットでの挑戦

アクセサリーやファッションのように、身につける機能に合わせて買うというものではない絵の世界。「単純に好きだというだけではいかないけれど」と前置きをして語った大谷さんの瞳は、まっすぐに前を見つめていました。

「絵は、言葉が分からない人でも通じる非言語コミュニケーションです。日本には絵を飾るという文化が今のところ確立されていないけれど、描く側は、その環境に合わせて描けるかどうか、目的やニーズに応えられる絵を描けるかどうか、そういう姿勢が大事なのだと思います。日本に絵をどう広めるかは、描いている側の課題でもあります」

 

「もし、Creemaに集まるハンドメイドが好きな人の流れの中に絵が入っていって、その位置づけの中の絵に興味を持ってもらえたら、美術の世界も変わって行くのかもしれません。今は、ギャラリーに所属しなくても自分の作品の写真を撮るだけで出品できる、良い時代ですよね。僕もどんどんチャレンジしていきたいですね」

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欧米に比べて、日本には絵を飾る文化が根づいていないと言われることもありますが、「日本の美しさは、絵に限らない、暮らしのいたるところにある」という大谷さんの言葉が心にささりました。

絵のみならず、人が日常的に手にするものを自らのキャンバスに変えてみせるという考え方。

人とは違う美術のルートをたどり「大谷太郎の絵」に行き着いた大谷さんは、ハンドメイドの中に位置するアートの新しい道を作って行く一人だと感じました。

大谷さん、どうもありがとうございました!第3回のインタビューも、どうぞお楽しみに!

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