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染革作家・kenichi harada(原田賢一)さん-日本の伝統を継ぐ、新しい表現を_作り手インタビューvol.4
第4回の作り手インタビューは、染革作家「kenichi harada」 原田さんです。
目の覚めるような鮮やかなブルーの藍染革は、一度見たら忘れられない美しさ。しかし「藍だからといって選ばれたくはない。永く使われることで選ばれたい」と原田さん。その言葉に表れた、頑固なまでのものづくりへの思いが、強く心に響きました。
ものづくりの道へ、突き動かされた気づきと危機感
「学生の時はファッションを学んでいました。当時、旅行中に偶然知り合った人がカメラマンをしていて、話を聞くうちに、自分でも写真を撮ってみたいと思うようになったんです。美しいファッションフォトに憧れましたね。とにかく撮影に近い仕事をしたいと、ほぼ無給で写真スタジオに飛び込んで技術を学び、その後は大手メーカーで商品の撮影をしていました」
「撮影の仕事をしている中で、様々な技術革新がありました。フィルムがデジタルになり、3Dも駆使するようになり、新しい手法やソフトが生まれては、あっという間に廃れていく。それを目の当たりにして、もしかしたら今の自分の仕事のやり方は、5年後には通用しないかもしれないという危機感を持ちました。その時に『自分で作ったものを自分で撮って世に出していきたい』と強く考えたんです」
実は、それまでほとんど革に触れたことが無かったという原田さん。
他の素材ではなく、革を選んだ理由をたずねると、「革は切れっぱなしでもカッコイイから、布より革だなと思ったんです」と、目元を柔らかくして優しい笑顔に。
その後、どうして藍染に行き着いたかについては「自分にしかできない、新しいことをやりたいと思ったんです」と、鋭いまなざしと強い言葉が響きました。
「普通のことをやっていても仕方ない。新しいことをやらないと」
「流動が早くなく、永く続くものを目指しました。革の財布は、黒や茶色がとても多いですよね。でも、もっと他の色があって良いと思ったんです。そこで、さまざまな天然の染料を試しました。自然から生まれた日本らしいものを模索した中では、日本独特の藍染がいいなと思いましたね。色も強く出るし、経年変化が美しい。布に対する藍染はポピュラーだけど、革に対してはあまりない。これは、世界初の新しい表現ができると思いました」
革の藍染というユニークな組み合わせ。思わず、鮮やかな藍色に目を奪われますが、そこにも「見た目で選ばれたくない」という、原田さんらしいこだわりがありました。
藍だからではなく、良いものだから永く使えるという理由で選ばれたい。
「藍染革は、青色がキレイだね、珍しいねと言っていただけます。でも、珍しいからという理由ではなく、仕立てがいい、デザインがいい、使いやすい、だから永く使える。そういった理由で売れるようになりたいと思っています。自分の作品を使い続けて数年経って、改めて『この人は本当にいい仕事をしているな、ちゃんとものづくりをしているな』と思ってほしいんです」
「品質と値段が見合っていれば、きっと評判が独り歩きして次のお客さまにつながっていきます。買った人、プレゼントでもらった人が広めてくれる。『ものが語る』というのが理想ですね」
今では、日本に来た外国のお客様にも買って頂けるほどに。藍染革という日本独特の色合いや他では買えない希少性などが支持されているそうです。
”Japanese indigo leather”と検索して海外で作品を見てくれる人も多いそうで、「海外の人が作品を画像で検索して、これはkenだ、とすぐにわかるようにしたい」と。そのために、製品撮影の背景に古木を使うなど一貫性を持たせるという意識にも、原田さんのこだわりを感じました。
四季を感じながら、革を染めてみる。
「過去に山梨で染色を行ってい頃、大雪が降りとても藍染が出来る状況ではなかったことがありました。しかし、私はその雪を見てこれで藍染が出来ないかと思いたち、その場で雪を使い藍染を試みたのです。すると、今まで見たこともない模様が表現されました。それを海外の友人に見せたところ『そんな風に日本の四季を感じられるものづくりは良いね。自然と共に染めるのは素晴らしい』という反応をいただいて。昔のやり方そのままの再現ではなく、過去の文献を探りながらも、自分なりの工夫を取り入れていく、それが新たな表現に繋がっていくということを学びました」
山梨での染色の様子
藍染めの原料となる琉球藍
染め上がった藍染革
将来どうあってほしいかの希望に合わせて、その人のために仕上げていく。
「作品を作る時は、どういう使い方をするかを伺いながら、その人のニーズに合わせて色々と相談しながら作っていきます。革は変化しますが、それも、将来どういう風に経年変化させたいかですよね。同じ色のままが良いという方、革の変化を楽しみたいという方、それぞれの希望に応じて、天然のワックスを使ったり、革の厚みを変えてみたり、構造自体を少し変えてみることもあります」
6ヶ月かけて慎重にテストを繰り返す”謙虚な”ものづくり
「商品化にあたっては、3か月、6か月と、しっかり使い込んでテストをします。例えば、一部の商品のコバの部分には合成漆を使っているのですが、何度も繰り返しテストを行います。もしかしたら、日本一堅いんじゃないかな?手間も時間もかかるので、ここまでこだわってる人もなかなかいないと思います」
「独学だったからこそ、いまだに臆病という面もあります。ほんとにやっていけるのか、満足してもらえるのか、ちゃんと使ってくれているのか。常に臆病に、謙虚にものづくりしています」
コバの部分を触らせてもらったらところ、まるでびくともしないほどの固さに驚きました。どれほどの試行錯誤があったのか、探究心と慎重さ、深いこだわりが生んだ固さが、その歴史を物語っているように感じました。
そうして独学で藍染革を生み出し、研究を重ね、育ててきた原田さんですが、その背景には、人と道具との出会いがありました。
藍染革の誕生を支えた、大切な人と道具との出会い
藍染・織物職人のカナダ人、ブライアンホワイトヘッド氏や、180年以上続く「萬染物店」六代目の野口汎氏と、北海道から沖縄まで専門家のもとへ出向き、理想の革や藍を探し求めていた頃、出会いから多くのことを学んだそうです。
「ブライアンホワイトヘッド氏との出会いは大きかったと思います。彼は、蚕も藍も育てていて、原料づくりから織りまで全て自分で行っている人です。初めて彼のもとを訪れた時に、初対面の私に全く壁なく接してくれました。藍染に興味があると言ったら、丁寧に教えてくれたんです。技術は門外不出とか、そういうことは一切無く、迎え入れてくれたことに感激したのを覚えています」
「こだわりの道具は、昔からお世話になっている浅草の加賀谷刃物製作所さんのものです。全くお金がなかった時代に、これは失敗作だから、と道具を譲って下さいました。それを大切に使っていましたね。
今は、できるだけ作品の形に合うものがほしくて、自分で道具を作ったりしています。よく行う作業に合わせて、真鍮の棒を叩いて伸ばし、削って磨いて、仕上げていくと、とても使いやすいものができるんですよ」
原田さんが自ら作った道具は、独特の形と厚みをしている革のカーブにもすっとなじみます。インタビューに伺ったその日も、カーンカーンと金属を叩く心地良い音が響いていました。いっそう、原田さん自慢の道具が輝いて見えました。
こだわりの道具 -加賀谷刃物製作所製-
原田さんお手製の道具
日本の伝統を絶やさないよう、魅力ある製品作りを。
「私にとってクリーマは、単に物の売買するサイトではなくお客様と向き合える貴重な場であります。
今まで私は、作品に向き合う時間が長く、お客様の声を聞ける機会がほとんどありませんでした。
しかし、クリーマ通すことにより、作品の評価やメッセージなどによりお客様の声を直に聞くことが出来るようになり、遠く離れた地域の方や、特別なプレゼントを探しにクリーマに訪れた人、そんなお客様と触れ合うことができる貴重な場としてクリーマの存在は、かかせなくなりました」
「これからは、様々なジャンルの作り手同士協力し合い、各自得意とする技術を合わせることにより 単独では成し得なかった物作りが出来きるようになったりしたら、面白いなぁと思います」
「私は2、3年後には、藍染革というのは、珍しくない世の中になっていると思います。一般の方も浸透し、作り手側や使い手側が広く興味を持っていただいてる、そんな世界になってるかもしれません。
しかし、従来の革より、高価で手が出しにくいと感じる方も少なくはないと思います。そうなると、藍染革も各社様々な量産型を発表し、価格競争に晒されることでしょう。製造コストを第一に考えた場合、藍染と化学染料の合成品なんかも出回ったりするかもしれません。仮に、価格重視のチープな製品が出回るようになってしまったら、またしても藍草農家や、伝統工芸を継承している方が圧迫され、コストを第一に考え海外生産をしていた時代に逆戻りしてしまいます」
「私のブランドは、この様な日本伝統を絶やさぬためにも魅力ある製品作りを目指しています。そのために、日夜新たな藍染革の組み合わせを模索し、ファンになって下さったお客様には、ワクワクしていただけるような、また、高価格と感じられているお客様にも選んでいただけるような、そんなブランドとして続けていきたいと思っています」
墨藍染革長財布
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時代の流れに左右されない、永く愛されるものづくりを追求する原田さん。
「藍染革」という新しい作品を生み出しただけではなく、その使い手の将来はもちろん、そこから派生する文化や、伝統を守る人々の数年後の未来までもを見据えていました。
自身の作品が流通し、「永く愛される」ということ。その言葉が本当の意味するところは、想像以上でした。未来にまで責任を持って創作に取り組まれている姿勢に、作り手として生きる上でのこだわりと思いの深さを痛烈に感じました。
kenichi haradaさん、どうもありがとうございました!第5回のインタビューも、どうぞお楽しみに!