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伝統の技と現代の暮らしが重なって生まれるもの。京都ものづくり紀行

風情あふれる美しい町並みや自然、そして深い歴史を誇る日本の古都、京都。
中でも、千年以上の長い歴史の中で育まれてきた文化や伝統は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。
そんな京都の文化や伝統を支えるのは、時に新しいものを取り入れながら、伝統を守りものづくりを続けてきた多くの職人たち。今日に至るまで、伝統美と機能美を併せ持つ素敵な作品を生み出し続けています。
Creemaでは、そんな京都の職人の技術や魅力、伝統的な手法や技法を活用した京都ならではの作品「京もの」をご紹介する「京都ものづくり紀行」という企画を開催中です。
京都の焼き物に織物、佐波理おりんに丹後ちりめんまで……。
今日までものづくりの歴史を支え、魅力的な作品を生み出してきた京都の職人の方々に、制作にかける真摯な思いやこだわりを伺ってまいりました。
京都の街を巡るように「京都のものづくり」の世界をじっくりとお楽しみください。
器をとおして、お茶の文化を伝える。 - 晋六窯さん

京都の伝統を語る上で欠かせない文化のひとつが、お茶。茶道、焼きもの、和菓子、着物……京都で栄えた文化の歴史をさかのぼると、お茶文化にたどりつきます。
最初に紹介するのは、京都で3代続く窯元で「ペリカン急須®」という不思議なかたちの急須をはじめ、数々の陶器の器を手掛ける晋六窯さん。
「日々の暮らしに寄り添い、人々の生活に根付き受け継がれていく器づくり」をコンセプトに制作しています。大きな口が特徴的な「ペリカン急須®」「PELICAN TEA POT」は、そのかたちのユニークさ・可愛らしさに目を奪われる人が続出で、半世紀以上愛される看板作品です。
ペリカン急須がこのようなユニークな形になるまでの意外なストーリーから、日本のお茶文化に対する熱く真摯な思いまで、晋六窯・京谷さんご夫婦にお話を伺いました。
―まず、晋六窯が始まったきっかけを教えていただけますか?
晋六窯は私の祖父が始めました。
晋六窯・京谷美香さん
陶器の表面を覆うガラス層を生成するために「釉薬」には鉱物を使うのですが、鉱物は使うパーセンテージによって異なる化学変化を起こすんです。祖父は、その化学変化に興味を持ったことがきっかけで東京工業大学の窯業科へ行き、窯業の研究の中で釉薬やデザインの勉強をして陶器の世界に入ったのが、晋六窯が始まったきっかけです。
とても研究熱心だった祖父は、昭和のはじめに衰退が始まっていた越前焼の復興や後継人育成のため、釉薬やデザインを教えにも行っていたそうです。まさに、商人ではなく職人でした。


―お祖父様の代より、「人が使いやすいものづくり」を心掛けてきたという晋六窯さん。ペリカン急須は、どういうきっかけで生まれたのでしょう。

ペリカン急須は、祖父の時代から作られていました。
晋六窯・京谷美香さん
京都では番茶と呼ばれる、茶葉のサイズが大きいお茶をよく飲みます。ただ、茶葉が大きいため急須の穴が小さく少ないと茶葉が詰まってしまうんです。
それを解消してほしいという依頼をいただいたので、口を大きくしてたくさん穴をあけてみたところ、その大きな口が「まるでペリカンみたい」ということでペリカン急須と呼ばれるようになりました。
初めは番茶を美味しく飲むために開発した、実用性を重視したものだったんです。
―実用性を追い求めて出来上がったペリカン急須。最初はなかなかその珍しい形が受け入れられなかったとのことですが、今では晋六窯の看板作品になりましたね。
最初は「変な急須」と言われ年間100個ほどしか販売ができなかったのですが、1999年に雑誌で紹介されたことをきっかけに、一気に多くの方に認知していただけるようになりました。
晋六窯・京谷美香さん

最初は銀行員として就職されていたという美香さんと、学芸員を目指されていたという浩臣さん。「ペリカン急須のデザインや釉薬のレシピを後世に繋げていきたい」という思いで、陶芸の世界へと足を踏み入れたそうです。
これからの展望についてお話を伺ってみると……
お茶を茶葉で飲むという日本の文化をもっと発信していきたいと思っています。
晋六窯・京谷浩臣さん
今はペットボトルの時代なので、家に急須がないという方も多いかもしれません。しかしそれは、より多くの方に急須でお茶を飲む文化を広められるチャンスがあるということ。
急須はどうしても和のイメージがあるので、今の住空間に合わせたものをデザインし、若い世代の方でも手に取っていただけるように工夫しています。
茶葉からお茶を淹れるのは手間な作業です。でも、決してそれは無駄な時間ではありません。香り、色、味など、お茶を五感で楽しめて、リラックスやリフレッシュにも繋がります。
急須でお茶を飲むというほんの少しの”丁寧なこと”で、皆さんの食卓や景色が変わればいいなと思っています。
様々なお話を伺う中でふと浩臣さんが仰った、「ライバルは、お祖父さんが作ったペリカン急須です」というお言葉がとても印象的でした。
お茶を注ぐ口部分の細かな穴は、全て傘の骨を使って手作業で施されたもの。先代から受け継ぐべき部分はしっかりと受け継ぎながらも、新たなペリカン急須の魅力を発信すべく細かな工夫を重ねながらものづくりをされる姿勢に、先代へのリスペクトと職人としての熱い思いを感じました。
「お茶を淹れる」ということ自体が少し珍しくなった今だからこそ、ペリカン急須のようなこだわりの詰まった特別な急須でお茶のひとときを楽しんでみてはいかがでしょうか。

日本最高峰の美「錦」を目指す織物づくり - 京の錦織 光峯錦織工房さん

古代織物の復元と、金糸銀糸や様々な色糸を使い文様を織り出す絹の織物「錦織」を制作されている光峯錦織工房さん。
錦(にしき)とは、「錦秋」「錦鯉」というように”色とりどりで美しい”という意味や、”美しく立派である”という意味を持ちますが、本来は”最高峰の織物”のことを指します。
そんな多彩で美しい錦織を手掛ける光峯錦織工房さんの工房には、国宝にもなっている大作の織物から身近に取り入れやすいがま口ポーチなどの小物まで、ありとあらゆる織物作品がずらり。
思わず圧倒される精巧かつ気品あふれる作品の数々と、織物の奥深い世界を光峯錦織工房・龍村さんにご紹介いただきました。
―光峯錦織工房さんでは、どのようなものづくりをされているのでしょうか。
古代の織物を復元して分析・解析をし、そこから学んだことを元に新しく織物でものづくりをしています。
光峯錦織工房・龍村さん
例えば帯であったりタペストリーであったり、織物研究から学んだことを生かした作品を作り、色々な方に見ていただけるよう発信をしています。

―復元が目的なのではなく、古代織物を分析する中で判明した古代の道具や技術の継承も大切にされているという龍村さん。ものづくりをする上では、どのようなことを大切にされているのですか?
言葉として大切にしているのは「錦(にしき)」です。故郷に錦を飾る、錦の御旗、錦秋と言うように、美しいと感じるものを日本人は「錦」と表現してきました。そんな「錦」の美しさを目指して超えるべくものづくりをしています。
光峯錦織工房・龍村さん
また、「品格」をしっかり保つということも大切にしています。
品格とは、例えば透明感や美しさ。糸染めの際には、糸の奥の奥まで美しく染まっているか確認し、イメージ通りの表現ができるまでは妥協しません。美しさを見極める目と心をもつことを心掛けています。
ここからは、光峯錦織工房さんに展示されている歴史ある作品の中で、特に印象的だった作品を3作品ご紹介します。全ての作品に必ずモチーフや意味があり、知れば知るほど奥深い織物の世界に引きこまれるはず。気になった方はぜひ工房に足を運ばれてみてくださいね。

色の出し方から設計図まで、「目に血豆が出来るほど(龍村さん談)」考え抜かれて織られたこちらの作品は、大きな松が描かれたシンプルなデザインながら、思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど上品で荘厳な印象でした。

少し角度を変えて眺めると、宝石を散りばめたかのようにキラキラと輝く糸とぷっくりとした立体感が、本当に波打っているかのような躍動感を感じさせます。
光の加減と見る角度によって表情が変わるので、色々な角度から眺めて楽しみたくなりますね。

手にしていた作品をくるっと横に回転させると、上下左右対称のはずの作品の模様の見え方がガラッと変化し、ギャラリーからは「おお~!」と歓声が上がりました。
織物はたて糸とよこ糸の組み合わせ方によって無限に表情を変えることができ、こちらの作品も緻密な計算によって織り方を工夫しているのだそう。
こんなにも見え方が変わるのならさぞ特殊な糸を何種類も使っているのでは…と思いきや、なんと使われている糸の色は緑と白の一色ずつ(!)とのことで、その技術と織物の奥深さに驚かされました。
光峯錦織工房さんでは、工房見学をはじめ機織り体験も行っているそう。今回ご紹介した作品以外にもたくさんの素敵な作品や伝統的な機織りの道具が展示されていますので、ぜひ実物をご覧になってみてはいかがでしょうか。
織物と聞くと「織る」という作業にばかり注目してしまいがちですが、一つの作品を完成させるには、大きく分けて12工程、細かく分けると70人以上の職人さんが携わり、全員の連携によって作り上げられているそう。「織る工程は最終アンカーであり、同じくらい大切な工程を担ってくれる職人さんがいるからこそできるんです」と仰る姿が印象的でした。
そんな多くの方々のリレーによって思いを込めて作り上げられた上質な織物を使ったがま口やポーチなどの作品は、大切な方へのプレゼントにもぴったりですね。

凛と美しい音色を、もっと身近なものに - LinNeさん

みなさんは「佐波理(さはり)おりん」をご存知でしょうか。
「佐波理」とは、古くは正倉院宝物にも用いられた銅に錫を混ぜた合金で、非常に硬く、昔から鳴り物に適しているとされています。「おりん」とは、木魚と同じく音を出す仏具の1つ。金属のお椀のような形が一般的で、りん棒と呼ばれる棒でたたくと甲高い「チーン」という音が鳴ります。
そんな佐波理を使ったおりんは、凛とした澄み切った響きとどこまでもまっすぐに伸びゆく余韻が特徴的です。
今回お伺いした南條工房さんは、より音色と余韻を良くするため、工房独自の配合率と伝統の鋳造技術でおりんを専門的に作る国内でも数少ない工房のひとつ。元々は仏具や神具を中心に制作されていた南條工房さんですが、「もっと身近に佐波理おりんの音色を楽しんでほしい」という想いから、LinNeというブランドを立ち上げられました。
一通り作り上げられるようになるまで10年かかると言われる繊細で緻密な職人技や、「音の職人」として美しい音色を追及するそのこだわりについて、南條さんご夫婦にお話を伺いました。
ーまず、LinNeを立ち上げたきっかけを改めて教えていただけますか?
音にこだわり佐波理おりんを作っていますが、お客様がいざおりんを買うタイミングになった時に、佐波理おりんを知らないという人が多かったんです。
LinNe・南條さん
おりんを選択する際に”佐波理おりん”という選択肢がないことがとても残念で、佐波理がどういう音なのか知っていただきたいという思いからLinNeを立ち上げました。
LinNeを立ち上げる前は、仏具職人として腕を磨くことを意識して制作していましたが、立ち上げてからは、いろんな方から音を喜んでくださる声を聞いて、自分たちは”音を作る職人”だという意識に変わりました。
ー”音を作る職人”とのお話がありましたが、音に関してどんなところにこだわっていらっしゃるのでしょうか。
一般的なおりんは真鍮という柔らかい金属を使って制作されているものが多く、音色がうねるように鳴ります。
LinNe・南條さん
僕たちは、まっすぐに伸びる音にこだわり、納得のいかないものは溶かして素材に戻し、再利用します

この凛としたぶれない音だと、おりんのどこを叩いても音が重なりひとつになります。この音は、佐波理という硬い素材を鋳造する技術と削る技術がないと生み出せないものだそう。
「この音じゃないと決して世に出さない」という南條さんの言葉には、音の職人としてのこだわりが感じられました。



ーこだわりを持って作られている佐波理おりん。LinNeとしてのこれからの目標はありますか?
おりんが欲しい!となった時に、「佐波理の音も聞いてみよう」という風に選択肢のひとつになったら嬉しいです。より身近に使われるLinNeの音に触れてもらうことで、佐波理おりんのことを知ってもらえる機会に繋がっていくと思うので、LinNeの音を多くの方に聞いてもらえる活動をしていきたいと思っています。
LinNe・南條さん
私たちは全て手作りなので、ひとつとして同じ音がありません。心に届く、澄んだ音色をいろんなシーンで楽しんでもらいたい。音の職人として、仏具にこだわらずに”音”を作っていけるメーカーになれたらいいなと思っています。
手に取りやすいサイズ感で、洗練されたLinNeのおりん。ワークショップの始まりや終わりに気持ちを切り替えるためであったり、読書の前に集中力アップのためであったり、自分の想いを届けるお祈りの道具としてであったり…
リラックスしたいときや気持ちを切り替えたい時など、日常の中で自分に合った使い方を見つけて楽しんでいる方も多いそうです。
「風鈴とかドアベルのように何かをした時に音がなる製品はありますが、自分で自分のために一音を鳴らすという製品はあまりありません」と南條さん。自分のために一音鳴らすという時間は、とても豊かで贅沢なひとときではないでしょうか。

伝統ある丹後ちりめんを、未来につなげる - 丹菱株式会社さん・一色ちりめんさん

丹後ちりめんとは、丹後地方特有の撚糸技術を用いた後染め絹織物のこと。
強い撚りをかけたよこ糸を使って織られているため、生地表面のシボと呼ばれる細やかな凸凹が最大の特徴です。このシボが華やかな光沢と奥行き、上品さを演出し、古くから着物などの高級衣料品に用いられてきました。
そんな華やかな丹後ちりめんを使い、気軽に手に取りやすいアパレル製品を制作されている丹菱株式会社さんと、レトロ可愛い柄でがま口やバッグなどの小物製品を制作されている一色ちりめんさんに、丹後ちりめんの魅力について対談形式で語っていただきました!
ーまずはどのようなものづくりをされているか、ご紹介いただけますか?
和装小物用の白生地を作るのが主な仕事ですが、ポリエステルを使った日常でも使えるちりめんも作っています。オリジナルデザインの生地を作り、がま口などの小物に仕上げることで、一般のお客様にも丹後ちりめんの良さを広く知ってもらいたいと思いものづくりをしています。
一色ちりめん・一色さん
創業以来、三菱アセテートの指定工場として丹菱株式会社を設立してから、化繊をメインに今日までものづくりをしてきました。レーヨンやポリエステルを使ってちりめんを作り、それを織って京都のアパレル会社などに出荷をしています。
丹菱株式会社・糸井さん
ー丹後ちりめんの良さはどのようなところにあるのでしょう。
丹後ちりめんと聞くと、ほとんどの方は正絹というイメージがあるのではないでしょうか。
丹菱株式会社・糸井さん
丹後ちりめんの1%はポリエステルやレーヨンなどの化繊で出来ています。ポリエステルなどで出来たちりめんは、耐久性があるので長持ちし、高級感あるちりめんをお求め安い価格で提供できるという点も良いところのひとつです。
化繊の丹後ちりめんは、化繊製品のなかでは価格帯が高い方です。それは、昔ながらの製法で、時間や手間をかけ手作りで作っているから。
一色ちりめん・一色さん
「精練」という工程でお湯と石鹸などで生地を煮炊き、洗い、糸の撚りを戻すと、糸が膨らみ生地が縮んでさざなみのような質感になります。それを作り出すのは全て職人の手仕事です。
天然繊維とは違い、ポリエステルであればしなやかでドレープ性のある、ソフトな生地が出来上がります。

汗かいても速乾性がありサラサラなので、スポーツウェアにも適している素材だそう。
ー丹後ちりめんを使った作品へのこだわりを教えていただけますか?
忙しい女性が簡単に着られるお洋服にするということと、丹後ちりめんのシボと光沢がいきるデザインにすることを心掛けています。
丹菱株式会社・糸井さん
羽織るだけできちんと見える、パンツにはチャックを付けず履くだけで終わりにする、など、生地の魅力を活かしつつ時短アイテムになるお洋服を作っています。
また、「これを作りたい!」とテンションが上がるものを作るというのは大切にしています。

丹後ちりめんの良さを活かしながら、お客様が求める「丹後ちりめんでこういうものが作れないか」という気持ちに沿った作品を作るということを心掛けています。
一色ちりめん・一色さん
オリジナル生地があるので、持っていてワクワクできるようなものを作り続けていきたいと思っています。
お二方に今後の目標を尋ねると、「今の事業を継続していきながら、丹後ちりめんをもっと幅広く活用していきたい」「インテリアや建築関係など、新しい道も模索していきたい」という、これからの新たな可能性を感じさせるお言葉をいただきました。
丹菱株式会社さん、一色ちりめんさん共に、伝統を護りつつも新しいデザインを取り入れ、丹後ちりめんを身近に感じてもらいたい、未来へ繋げていきたいという想いを強く感じました。
長い歴史の中で多くの人々に愛され続けてきたのは、見た目の美しさはもちろん機能性にもすぐれた魅力あふれる生地だったからこそ。その特徴や魅力を生かしながら、新しい作品が生まれていく……丹後ちりめんのこれからが楽しみでたまりません。

今なお息づく京都の伝統工芸を、未来へ繋げる
伝統を受け継がれてきた5名の事業者様にお話を伺いました。
守るべき伝統や技はしっかりと引き継ぎながら、常に新しい工夫を凝らして新たな道や魅力を模索していく…
取材を通して生の声を聞き、皆様からそのような熱い想いと探求心を感じました。
「京都 ものづくり紀行」では、今回ご紹介したクリエイター以外にも、京都で活躍する気鋭のクリエイターをご紹介しております。
ぜひ、下記から作品の数々をお楽しみください。きっと、心に響く作品が見つかるはずです。